五月五日―誰もが知るこどもの日だが、ここに知らぬ者がいた。
「なあ、うしお。何で今日はこんなに人がいるんだ?」
 とらがうしおに尋ねる。
 それもそのはず、いつもは人の来ぬこの芙玄院が今日は子供をつれた親でいっぱいだった。
 今日はこどもの日ということで、芙玄院では草菖蒲くさしょうぶを配っているのだ。
(草菖蒲→サトイモの仲間でこどもの日に菖蒲湯のお風呂に入れて厄をはらう)
「ああ、こどもの日だからな」
「こどもの日って何だ?」
 次から次へ質問するとら。こどもの日が設立されたのは戦後、とらが知るはずもない。こどもの日ができたころ、とらは地下に封じられていたはずだ。
「こどもの日ってのは、子供の成長を願う日で、男の子の日でもあるんだ。今日はちまきや柏餅をたべるんだ」
 うしおがとらに説明する。とらは分かったような分かってないような顔をしていたが、うしおはそんなこと気にもとめない。
 とらにとって現代がわからないことだらけなのは当然のことなのだ。
「まあ、何にせよ今日はガキが食い放題だな」
 のどを鳴らし、爪と牙を光らせるとらに鈍い痛みが走る。
「いって〜〜〜〜!!」
 痛みの原因はうしおが握っている獣の槍。
 獣の槍で殴られ、鈍痛のする頭をとらは抑えた。かなり痛いのか、目には涙が浮かんでいる。
「ばーか。そんなことさせるかよ!」
 うしおが舌を出しながら言うと、とらは悔しそうな表情をうしおに向ける。
 そんなことをしているうちに須磨子がうしおととらを呼ぶ。
「お! 粽が出来たみたいだな、行こうぜ」
 かけて行くうしおをとらが追いかける。
 うしおは知らなかった。菖蒲に邪を払う力があると言われていることを。粽には菖蒲を使う。そうなればどうなるか、結果は火を見るより明らかである。
「なっ…! うしおてめえ、わしに何の恨みがあるってんだ!」
 とらの発言にうしおは『?』を浮かべた。何も知らないのだから無理はない。
「何言ってんだ? ほら」
 うしおが粽を差し出す。が、これがいけない。
「近づけんじゃねぇ!!!」
 髪の毛を逆立てながら怒鳴ったとらは、大きな雷を放ってどこか遠く飛んで行った。
 うしおからしてみればとらにも粽を分けてやろうと思っただけのことで、怒鳴られる理由など微塵もない。
「馬鹿野郎!! 人の好意無駄にしやがって! 反省するまで帰ってくんな!!」
 だからこの発言も当然と言えば当然の結果なのだ。
 うしおの姿は周りから見ると大空に向かって叫んでいる変な少年にしか見えなかったが、話を聞いていた紫暮と須磨子はうかつだったと青ざめた。
 いつもすぐそばにいたため、とらが妖怪だということを忘れてしまっていたのだ。
「いや、そのだなうしお……。粽に使う菖蒲には邪を払う力があるのだ。
 おそらくとら殿はそれを拒否したのだろう」
 紫暮の話を聞いてうしおは目を見開いた。
 始めて聞いた。だが、先ほどの言葉を思い出すと罪悪感だけが残る。
 知らなかったではすまされないことと言うものがある。
「そうだったのか……」
 うしおはそのまま何かに背中を押されるように走り出した。


 とらはうしおの住む町から二つ隣の山にいた。
「なんでぇ、うしおの奴……わしが何したってんだ」
 ぶつぶつ文句を並べていたとら。粽を渡されたことよりも、うしおが自分にとって良くない物を渡したのが腹立たしいようだ。
 しばらくは何があっても顔をあわせるものかと決めていた。気づけば辺りはもう暗く、時刻は夜になっていることに気がついた。
「とら?」
 小さくうしおの声が聞こえたような気がした。
「ここにもいないのか……」
 確かにうしおの声だった。聞き間違うはずのない声。いつもなら出て行ってからかってやるのだが、つい先ほどしばらくは顔もあわせたくないと思っていたばかり。出ていくような気分ではなかった。
 しばらくすると声は遠ざかっていき、これでうしおと顔をあわせなくてよかったと安心していると、どこかで地面が崩れたような音がした。
 とらは条件反射のように音の方へ駆け出した。
 まさか落ちたということはないだろうが、うしおならありえる。何故かうしおはトラブルに巻き込まれやすい体質なのだ。
 音のしたところはは見事に崩れており、そこには頭を打って倒れているうしおがいた。予想は的中してしまっていたのだ。
「ちっ! おいうし……」
 そこまで言って気がついた。
 うしおの体はボロボロだった。それはあきらかに落ちた時の怪我ではなく、今までとらを探し回っていた証拠なのだろう。
 こんな時間になるまで走ってとらを探していたのか、靴も足もボロボロだった。
「と……ら?」
 うしおが目を開けた。どうやら酷い怪我はないらしい。
「たっく……おめえは「悪かった」
 文句を言おうとしたとらをさえぎって、うしおが謝った。
「知らなかったんだ、菖蒲が苦手だなんて……」
 うしおはうつむいて喋っていたので、とらからうしおの表情は見えないが、泣きそうなことはわかった。
「たっく……。気にしてねぇよ。とっとと帰んぞ」
 とらが手を差し出す。
 うしおは一人で立とうとしたが、足をくじいたらしく一人では立てず、結局とらの手を借りてとらの背に乗ることになった。
 あんなに怒っていたのに、うしおがボロボロになるまで自分を探してくれたことで、怒っていた理由も分からなくなったとら。
 暴言を吐いてしまい、真っ暗になるまでとらを探し続け、家に着いてから柏餅をとらにあげたうしお。
 蒼月家には、喧嘩しながらも仲の良い二人の子供がいる。

END