とらと喧嘩した。
まあ、割りとよくあることだと思う。ってかよくある。一週間のうち、二日は喧嘩してる感じだ。でも、いつも次の日には元通りの関係に戻ってる。喰うか喰われるかの関係。それと大切な相棒同士って関係。
でも、今回の喧嘩は何か違う。
いつもなら、喧嘩して出て行っても夜には帰ってくる。それで、オレが何で帰ってきたんだよって言うと、とらは決まって笑う。
「おめぇが寂しくて泣いてんじゃねーかと思ってな」
余計なお世話だ。誰が泣くか馬鹿。オレも笑って、仲直り。そうやってきた。なのにとらが帰ってこない。
おかしいと思って、窓を開けて待ってみた。別に寂しいわけじゃない。ただ、おかしいと思っただけだ。窓の外には綺麗な満月が浮かんでたけど、オレはそれを素直に綺麗と感じることができなかった。むしろ、オレがこんなにももやもやしてるのに、キラキラしてる月がちょっと憎たらしかった。
もしかすると、どこかで悪さしてるんじゃないだろうかとも思ったけど、オレから探すのは負けみたいで何となく嫌だった。
明日も学校なのに、何であの馬鹿のことを考えなきゃいけないんだ。早く寝なくちゃと思うけど、窓から離れることができない。キラキラしていた月が急に輝きを失くした。雲がかかったかのように月は見えなくなってしまった。
月を隠したもの。それは無数の妖怪だった。自我を持たない類の妖怪だが、おそらく獣の槍の力に惹かれてきたんだろう。ああいう数だけの妖怪には、いつもとらとオレのコンビネーション技で一掃してたんだけど、今とらはいない。
一人じゃ倒せないわけじゃない。ただ、ちょっと時間がかかるだけ。
「体を動かせば寝れるかもな」
獣の槍を手にとり、妖怪達の前に躍り出る。これくらい一人でもできる。
とらのことを頭から追い出すために、オレは一心不乱に槍を振る。妖怪達はその数を着実に減らしているはずなのに、そんな気配は全くみえない。
どれだけ槍を振るえばいいのだろうか。数で押され、体力はどんどん消耗していく。さすがに殺されることはないだろうが、大きな怪我くらいならしかねない状況だ。いや、多少の傷は槍の力で治るから別にいいんだけどな。
目の前の妖怪のことでもなく、自分の体についていく小さな傷でもなく、オレはたった一つのことに思考の半分以上を奪われていた。
なんで、とらは助けにきてくれないんだ。
助けてもらわなきゃいけないほどピンチなわけじゃない。でも、いつもなら来てくれてる。
オレがどれだけ酷いことを言っても、命をかけた喧嘩をした後でも、とらはいつだってオレと一緒に戦ってくれていた。
とうとう見放されてしまったのだろうか。オレが素直じゃないから。酷いことばっかりするから。とらも堪忍袋の尾が切れたのだろうか。ごめんな。ごめん。謝るから、きてくれよ。
涙がでそうになる。腕に力が入らなくなる。膝をかかえて泣き喚きたい。
足にも力が入らなくなってきて、気づけばオレは棒立ちになって妖怪達にその身を食わせてやっていた。
痛いとか、この体はとらが食うんだとか思ったけど、体はまったく動かない。
「このうつけがっ!!」
鋭い雷の音と共に、オレの大好きな声が響いてきた。
見上げると、そこには金色のとらがいた。オレの大好きな色があった。
「……と、ら……」
「おめぇ何やってんだっ!! こんな雑魚どもに食わせてやってんじゃねぇよ!」
荒々しい口調とは別に、とらは優しくオレの体を撫でてくれた。オレの血でとらの手が赤く染まる。
「なんで、きたんだ……?」
嬉しいくせに、オレはそんなこと素直に言えなくて、つい冷たい言い方をしちまう。
「……馬鹿。おめぇを喰うのはわしだろーが」
素直じゃないのはお互い様か。ちょっぴり笑えた。
「ん。そうだな」
よくわかんねーけど、とらの顔を見たら槍を振る力が出てきた。足を動かす気力がでてきた。
「じゃあさっさと終わらせますか」
オレが笑うと、とらも笑う。
そういえば、なんで喧嘩したんだっけ?
END