欲しいものがあった。
 それは形のないものだった。
 それは行動であり、態度であり、言葉であった。
 どのようなことをしても、それは手に入らない。
「いってきまーす」
 毎日学校へ行き、普通の生活を送る。
 友人は多い。充実した毎日だ。だが、いつでも飢えていた。それが欲しくて、たまらない。それがないから乾いていく。
「うしおさ、オレといて楽しいか?」
 不意に問われた言葉に、うしおは驚いた。
「楽しいに決まってるじゃねーか」
 笑って返すが、友人は黙って首を横に振る。何故そんなことをするのかわからない。
 いつだって楽しいと感じていた。嘘ではない。楽しいから笑い、共に過ごしてきたのだから。
「だってさ、お前いつも虚しそうだ」
 そんなことを言われたのは始めてだったが、他の者達もそう思っていたのかもしれない。
 うしおは、その言葉を否定できなかったのだ。
「……欲しいものがあるんだ」
 思いを吐露する。
 欲しいものがある。それが欲しくて、たまらない。ないから飢える。乾く。
「何だよ? そんな深刻な顔して……」
 欲しいものがあるということを話すだけで、人生の選択を迫られたような顔をする。友人は不思議だったし、興味があった。
 明るくて、元気なうしおが何を欲しているのか。
 答えを待つ友人に、うしおは笑いかけた。
「ないしょ」
 普段とは真逆の印象だった。大きな何かを隠す影があり、どことなく神秘さがあった。
 正直に言えば、友人は胸が早打つのを感じた。この感情が異性へ向けられるものだとはわかっているが、抑えることができない。
「あのさ――」
 その場の勢いで思いを告げてしまおうとしたのだが、続きを紡ぐことはなかった。
「なに?」
 目を細めて笑うその表情が怖かった。
 瞳の奥が笑っていない。
「なん、でもない……」
「そう?」
「おう」
 とにかく笑みが怖くて、友人はその場から立ち去ろうとする。
「ありがとうな」
「え?」
 うしおに背を向けた瞬間、かけられた声に思わず振り向く。
「心配してくれたんだろ? サンキュ」
 お礼を言うその笑みはいつも通りで、明るくて、よけいに怖かった。
 一度頷いて、再び背を向けて走り出す。頭を冷やす必要があった。これからも友達として生きていくために。
 一人残されたうしおは友人の後姿に笑みを向けている。
「手に、入らないんだけどね」
 顔には微笑を、瞳には憂いを浮かべて友人とは逆の方へ向き歩き出す。
「――――」
 静かに目を見開く。
 目に映るのは欲しいと思っていたものを持っている唯一の生物。
 してやったり顔をした彼に、うしおは駆け寄り飛びつく。ここまで一秒。
 彼の首に腕を回し幸せそうな笑みを浮かべて二秒。
 愛の言葉をその心に落とされて三秒。
「あ……」
 彼は消えた。
 たった三秒のできごとではあったが、うしおは心が満たされた。





  愛の物語は三秒で終わりを告げた。