世界には様々な可能性がある
それは平行の世界
それは交わる事のない別の世界
それは彼らの別の物語
それは彼らの悲しい物語
あいつは変わってしまった……。
あいつは大人になって、法力僧として多くの妖を殺した。
根っから悪ぃ妖もいたが、事情がある妖も多くいた……。始めは良かった。何とか改心させることもできた。しかし、うしおが大人になるにつれ話を聞くことすら出来ないような妖が増えてきた。
あいつが決定的に変わったのは親父達が死んだ時だ。あいつは泣いた。体中の水分がなくなるんじゃないかと思うほど泣いていた。
それからあいつは泣かなくなった。強くなった。
「とら……終わったよ……」
うしおが妖をぶっ殺してわしのもとによって来る。
最近では一緒に戦うことはなくなった。うしおはいつも衣服の乱れもなく戻ってくる。わしの力は必要ねぇ。
「早かったな」
「いつもどうりさ」
静かに答える。
「じゃあ行くか」
一匹倒しても次の妖がいる。うしおを背に乗せて目的地に行くのは当たり前になっていた。わしは乗り物かっつーの。
「………なあ、とら……」
うしおがわしに声をかけた。
最近では人に話しかけられた時しか声を出さなくなっていたうしおが……。
「何だよ?」
「とら…俺は変わったな…」
うしおの言葉は間違っていない。
髪を肩まで伸ばした。身長も少し伸びた。だが一番変わったのは瞳だ。
昔のあいつの瞳は大きくて、太陽みたいな瞳だった。今は細く、鋭い目つきで、その瞳は黒く膜を張っているようだ。
そう、俺は変わった……。
髪を肩まで伸ばしたし、身長も伸びた。
でも一番変わったのは心だと思う。
たくさんの妖を殺した。
俺はいつの間にか殺すことに慣れてしまっていた。
これ以上穢れる前に――。
「俺を喰ってくれよ」
「俺を喰ってくれよ」
何を言ってるのかと思った。
「俺が爺さんになる前に。
俺が他の妖に殺される前に。
俺がこれ以上穢れる前に。」
うしおはわしを見上げながら懇願するように言った。
その瞳は昔のように太陽のようだった。
「俺は…とらに喰われたい…」
おめえは……わしに喰われたいと願うときに、そんな目をすんのかよ……。
「獣の槍は赤い布を巻いて、埋めたから……もう使われないと思うから……」
「良いんだな?」
「良いさ…出来れば痛くなくしてくれよ……」
わしはうしおを抱きしめてやった。
「最後にとら…最近お前と一緒に戦わなかったのはさ……お前にあんな穢れた姿を見せたくなかったんだ……」
小さく言ったうしおの言葉は、確かにわしに届いた……。
わしは痛くないようにうしおの心臓を一瞬で貫いた。うしおは嬉しそうな顔で死んでいた。
わしはうしおを喰った。それがうしおの願いだったから……。
辺りに血の音が響く……。
わしの体はどんどん朱に染まっていった。
髪一筋残さなかったが、骨は真っ白になって残っていた。
「うしお……人間はよぉ……。死んだ奴に墓ってのを作ってやるんだよな? 作ってやるよ。わしだけが知ってる……けして穢されねぇ場所に………」
真っ白な骨を持って朱に染まったわしは空を駆けた。
うしおは綺麗な山に埋めた。その上には石を置いた。これでいい。
時は流れ多くの山がなくなった。
しかし、うしおの眠る山は誰も来ない。人々の間にはこんな噂があった。
『あの山には金の獣がおる。あの山を穢す者はみな殺される……昔あの山にホテルを作ろうとしたら工事の人が無残に殺されていたそうだ』
金の獣は少年を守る。
少年の心を守れなかった代わりに、少年の眠りを守る……。
今も、これからも、永遠に―――
END