どこが好きなんだろうって思った。
 キラキラしてる金の毛も好きだ。不敵に笑う顔にドキッとさせられる。力強い爪はカッコイイし、でかい体はオレなんてすっぽりと覆えるくらいだ。
 本当にヤバイときは助けに来てくれるし、普段は一緒に馬鹿やれる。案外物知りってのも、すっげー好きなとこだ。
 でも、暑い夏場はあのもさもさした毛が鬱陶しいし、ニヤニヤした笑い顔は時々癪に触る。でかい爪は時々オレの体を傷つける。あの無駄にでかい体はオレの狭い部屋のスペースには邪魔でしかない。
 正直なところ、ヤバクなるような事態を連れてくるのもとらだったりするし、あいつは昔のことは知ってても今のことは何にも知らねぇから面倒くさい。
 ……本当にどこが好きなのかわからなくなってきた。
 好きと同じくらい嫌いがある。むしろ嫌いの方が多いかもしれない。
 ふと、気になって目を通した本の中に、思い当たることがあるような文があった。
 その言葉どおりに受け取るなら、人間は危険な状態でいると、心臓がドキドキして、目の前にいる人に恋をしてるのだと錯覚するらしいということ。
 まあ、とらと出会ってから、常に緊張の中にいたと言っても間違いじゃねーよな。うん。槍を狙ってくる妖怪とか、オレの命を狙ってくる奴とか。あ、とらもオレの命を狙ってくる奴の一人か。
 そんなことを考えてると、オレって本当にとらのことが好きなのか疑問になってきた。
「とらー」
「あ?」
 妖怪のくせにテレビに夢中になっていたとらに声をかけると、丁度CMに入ったところのようで、素直に顔をこっちに向けてくれた。
「……やっぱ何でもねー」
 オレのどこが好きか聞こうと思った。でも、良く考えたらそんなの恥ずかしすぎる。ありえない。とらだったら、オレのこのもやもやした気持ちをどうにかできるんじゃないかと思ったんだけどな……。
 好きって言ってみたらわかる気がする。
「好き」
 聞こえないように、小さく言ってみた。
 予想と反して何も変わらない。
 ため息を一つつく。幸せ、逃げちゃったな……。
「うしお」
 とらが低い声でオレを呼ぶ。この声もけっこう好きかな。
「んだよ」
 黙って手招きをしてくるから、素直に寄ってやる。
 ある程度近づいたところでとらに腕を引かれた。
 あの大きい体にすっぽりと覆われたオレの体。春も終わりに近づいたこの季節。まだ何とかこの毛のむさくるしさにも耐えられるくらいの気温でよかったと心底思う。
 すげードキドキしてる。ヤバイ。これ、かなりヤバイ。何かドキドキしすぎて壊れそうだ。
「おめぇ、ほせぇな」
 耳もとで言われた言葉は嬉しくないものだったけど、その声にオレの心臓はさっきよりもドキドキしてる。
「でも抱きやすい。暖けぇ匂いがするし、笑うとそこそこ可愛い顔する」
 とらの声と言葉を聞いて、オレ、わかっちまった。今、とらはオレの好きなところを言ってくれてる。ちょっと……いや、かなり嬉しいかも。
 とらはあまり好きとか言ってくれねぇし。ってか、オレも言ってないけど。何か、別に言葉にしなくても伝わってるしいいかと思ってたんだけど、実際に言葉でもらうと嬉しい。
 たぶん、オレはすごくニヤニヤしてたんだと思う。とらが笑っているのが気配でわかった。
 それで、オレは思った。あ、オレこいつのこと好きだわ。って。
 つり橋? んなのどーでもいい。始めは勘違いだったかもしれないけど、今はやっぱりとらのこと好きだし、こうやって抱き締められてると嬉しい。
 うん。オレはとらが好きだ。


END