太陽の笑み
真っ暗になったはずの世界に光が戻り、うしおはそっと目を開いた。
「ここは……?」
周りは木々で溢れており、ここが山か森だと判断できた。だが、細かい場所まではわからない。さらに、周囲にとらや望の姿が見られない。
うしおは体のどこかに異常がないかを確かめ、獣の槍を握る。
見たところ、元の世界に戻ってたようだが、それを保障するものは何もない。
「小僧。一つ言っておいてやろう」
とりあえず、人のいる場所まで出ようと思い、足を動かしていたうしおの背後から白面の声がした。ゆっくりと振り向くと、そこには望の姿をした白面が立っている。
「奴は一つになった。バラバラだった四つが、今になって何故一つになったかはわからん。
だが、奴は我らと同じ。一匹の生物となった。あの赤い青年も、何も残ってはおらんだろう」
うしおが赤い青年を見て、黄の兄ちゃんを見て、黒面を助けたいという思いに駆られていたことを白面は知っていた。
白面は死によって救われた。陽の存在へと変わることができた。だが、黒面を救うことはできない。彼は何も望んでなどいない。
「奴らは生きる者となった。それが望みだったはずだ。しかし、それはもう叶った。
生きる者となって、次に何を望む?
――我と同じ願いを持つ」
綺麗だと憧れていた者になりたい。
仲間になりたい。
それはできない。
ならば刻み付けてやる。無理にでも割り込んでやる。
四つがバラバラのときは願わなかった願いが生まれる。悪意ではなく、純粋すぎた願い。
「一瞬で殺してやれ」
何の感情も見せない声に、うしおはただ黙って地面を見つめた。
「我はもうしばらく表にいる。気が向けば助けてやらんこともないだろう」
見上げるような目線でうしおを見て、白面は笑う。
「望は我の存在を知り、混乱してるようだからな」
妖怪を恐れ、嫌っていた望にとって、自分の中に白面という存在があるというのは受け入れがたい事実なのだろう。もしも愛する女性と子を成せば、生まれてくるのは白面かもしれない。もしかすると、望は二度と表へ出てこないのかもしれない。
「ああ。迎えがきたようだな」
白面の視線の先には、緑溢れる木々の中ではよく目立つ金の妖怪がいた。
「とら!」
ようやく出会えた存在に、うしおが目を向けている隙を狙い、白面は姿を消した。
「大丈夫かよ」
大して心配した様子もなく、尋ねてくる。
うしおは頷き、再び白面とむき会おうとしたが、そこにはもう白面の姿はなかった。
「あ、れ……?」
「どうした」
いつの間にか消えていた白面に首を傾げる。
「白面がいたんだ」
「あ? 何もされてねぇのかよ」
うしおの傍らに白面がいたと知った途端に、とらは焦ったような声を出した。
敵意はなさそうに感じたが、かつての強敵だ。そう簡単に信用できないのも当然のことだ。
「大丈夫だよ。あいつ、もう悪い奴じゃないって」
今現在、敵意がないからといって、昔の敵をここまであっさりと受け入れられるのは、うしおの長所であり、弱点でもある。
純粋無垢な心に惹かれ、助かった者達も大勢いる。その反面、そこへつけいられ、傷ついたこともある。うしおの良さを認めてやりたいような気もするが、うしおを守りぬこうと考えているとらからしてみれば、その部分は直して欲しい部分でもあった。
そんな気持ちを読み取ったのか、うしおは笑って言った。
「何て言われようと、オレは信じるからな」
昔、うしおはとらを信じることができなかった。そのために、大きな悲しみを感じた。もう二度と、あんなことを繰りかえしたくないと思う。だから、信じるのだ。
「……傷つくかも、しんねーんだぞ」
うしおの身を心の底から心配している声だった。
「オレが傷つくぐらい、何でもねぇよ」
信じ続けるということが、どれほど難しいことか理解しているのに、うしおはそれをやめようとはしない。
「オレは、みんな信じる」
太陽のような笑みだった。