梅雨の季節が好きだという人は珍しいだろう。
 外へ出るのも億劫になり、窓から見る景色も似たようなものばかり。刺激が足りなくなり、毎日を茫然と過ごすしかなくなる。
 退屈な時間が続けば嫌になるのは当然だ。
「あー。退屈だ」
 アウトドア派のうしおからしてみれば、雨は天敵だ。もちろん、ずっと晴れていては困るのだが、外へ行けないのは辛い。
 狭い部屋の中で閉じ込められているようで、気分が憂鬱になる。ちらりと横目で部屋を見れば、大きな黄色の毛玉が見える。
 不快指数の高い日に、綺麗とはいえ長い毛を見たくはない。体格も大きいので、狭い部屋がさらに狭く感じる。てるてる坊主でも作ってみれば晴れるだろうかと思いを馳せ、空を見上げた。
 薄暗い雲に、目に落ちてくる雨。いいことなど一つもない。
 思えば、これほど湿度の高い日ならば、毛で覆われているとらなどたまったものではないのだろうか。
 くせ毛の友人は雨の日は大変だとぼやいていた。
「とらはじめじめしてても嫌じゃないのか?」
 雨が好きという風には見えないが、だからと言って嫌いというわけでもなさそうだ。
「わしは雷を使うからな。雨があったほうが都合がいいこともあらぁ」
 一度は雷雲と共に去ったこともあるとらだ、言葉に嘘はないのだろう。だが、都合がいいからといってこの蒸し暑さや湿度から逃れることができるとはとうてい思えない。
 うしおは勇気を出してとらに近づいた。
「なんでぇ?」
 槍も持っていないうしおなど、とらからしてみれば赤子も同然。おびえた風もなく、堂々と構えている。
「……ずりぃ」
 そっととらの毛に手を触れ、うしおは呟いた。
「お前のとこだけなんか涼しい!」
 とらの周辺はなぜか湿度もなく、むしろ涼しげな風が吹いていた。
「何言ってんだ。わしは風だって操れるんだぜ?
 このくれぇ、当然だろうが」
 言われてみればそうなのかもしれない。だが、言われなければ気づくはずもないことだ。
「オレが暑さで苦しんでるってのによ!」
 拳を振り上げ、とらの体を叩く。割と本気で殴っているのだが、とらは呆れた表情でうしおを見るだけだ。
 生身の人間がとらにダメージを与えられるとは思っていない。それでも殴らなければ気がすまないだけだ。とらもそのことは十二分に理解している。
「しゃーねぇなぁ」
 とらが言った途端に、うしおの周りが涼しげな空気に変わる。
 先ほどまでの体につくような空気はもうどこにもない。
「これでいいだろ?」
 いつもと変らない笑みを浮かべていた。
「……おう!」
 時期は梅雨。不快指数は最高潮。
「早く晴れればいいな」
「まだしばらくはかかんじゃねーの?」
 天候に関してはそこらの天気予報士よりも、とらの方があてになる。まだまだ終わりそうもない梅雨にため息をつきながらも、その表情は緩んでいた。
 意外なほど柔らかいとらの毛に体を預け、窓の外を眺める。
 きっと外の世界では湿度に悩まされている人がたくさんいるのだろう。そんな人々を放って、うしおは涼しげな風を受けながら幸せに目を閉じる。
 しばらくは梅雨が続いてもいいかもしれないと心に秘めた。


END