珍しく雪が積もった。
「寒いわけだ……」
凍えるような寒さに、手をこすりながら、うしおは家の外へ出る。
まだ朝になったばかりで、境内の前は真っ白に染まっている。辺りを見渡してみても、どこもかしこも白い。雪なんて北海道へ行ったときに見飽きたと思っていたが、地元で見る雪というのは北海道で見た雪とは比べ物にならないほどうしおの心を揺らす。
靴を履いた足をそっと置き、上げてみるとそこにうしおの足跡ができる。たったそれだけのことなのに、うしおはなぜか嬉しくてたまらなかった。鼻歌交じりに白い雪の上を歩き、自分の足跡をつけていく。
雪を踏みしめる音を聞き、うしおは足を止める。
「…………」
一つ、気づいた。
どれだけ歩いても足跡はうしおの分しか増えない。何もない白紙の世界にたった一人分の足跡だけが増えていく。それはとても寂しいことだと感じた。
足跡を無駄に増やすのが嫌で、その場に寝転がる。空を見上げると、雲が厚く広がっていて、地上に降ってくる雪がよく見えない。それでも、頬にあたる雪の冷たさを感じる。
このまま目を閉じて、時が過ぎるのを待っていれば、足跡もうしお自身も全て白く消えてしまうのだろう。
「いつまで経ってもガキだな」
雪と一体化し始めていると、空から声が聞こえた。誰の声かはわかっている。
「とら」
白い場所に場違いなほど派手な金色が降り立つ。
うしおは薄く目を開けて、体を上げる。わずかに積もった白い雪が地面に落ちる。
「風邪ひいても知らねぇからな」
雪を踏みながらうしおに近づき、呆れた表情を浮かべている。立ち上がったうしおは、子供扱いされているのが気に入らなくて、下を向いた。
目に映ったのはとらの足跡。
「あ……」
先につけていたうしおの足跡と重なって、一つの足跡のようになる。
一人だけだった世界が、誰かといる世界に変わった。
「部屋んなか入るぞ」
とらに手を引かれ、雪の世界を歩く。
すっかり冷たくなってしまったうしおの手は、暖かいとらの手に温められる。
先につけていたうしおの足跡の上には、とらの足跡がつく。とらの足跡の上をさらにうしおの足跡がついて、もう足跡何だか何なのかわからなくなってしまう。
そんなものを見ていると、うしおはやっぱり白い世界になるのも悪くなかったかもしれないと思う。
白い世界では、金色のとらはよく映える。
「なんでぇ?」
それでも、生き物の形を保っているからこそ、こうして抱きつくことができると思うと、うしおは幸せでいっぱいになる。
「なーんでもない」
紫暮達が起きれば、足跡はさらに増え、足跡はただの踏み荒らされた雪になるだろう。
だから、うしおは少しだけ振り返って白い地面を見た。そこにはまだうしおととらの足跡しかない。
そこに、二人だけの世界がある。
END