モロクには、心の内に留めている秘め事があった。
 元々口数が多い悪魔ではない彼は、その秘め事を誰にも明かそうとしなかった。それは、付き合いの多い友人に対してでも同様だった。むしろ、付き合いの多い友人。つまりは、アザゼルとベルゼブブにこそ秘めておく必要のある事だった。
 放課後、モロクとベルゼブブは校庭の片隅にある大きな岩に腰をかけていた。校庭を通って帰って行く悪魔達を見ながら、もう一人を待っていた。
 彼らは仲が悪いわけではないが、二人っきりの時は口を開く方が珍しい。無口であるモロクと、プライドが高く自ら会話の糸口を見出すタイプではないベルゼブブが近い距離にいることは、周りからしてみれば異様な光景に見えなくもない。
「お待たせー」
 二人が共にあるのは、ひとえに、アザゼルの存在があるからだ。
「ごめんごめん。ちょーっと呼び出しくらっとってなぁ」
「キミはまた何かやらかしたのですか」
 呆れたような声に、アザゼルは頭を掻く。
 誰にでも気安く声をかけ、無駄に口数の多いアザゼルはモロクとベルゼブブの良い潤滑剤でもある。彼は周りから恐れられている二人にも気安く声をかけた。そして、他の悪魔に対するときと同じように、馬鹿な言葉を吐き、愚かな行為をするのだ。
 アザゼルのそういったところが、二人は気に入っていた。
「あっ! なあなあ聞いてぇや!」
 合流して早々、アザゼルは早口にまくし立てる。キラキラと輝いている目は、実に悪魔らしい。
 モロクはそっと横目でベルゼブブを見た。一見すると、面倒くさげに話を聞いているようだが、その仮面を一枚剥がしてやれば、そこにはどす黒い感情が渦巻いていることに、彼は気づいてしまっている。
「ワシな、好きな女の子できてん!」
 ざわり。と、空気が揺れる。
「――また、ですか」
 一瞬の歪みなどなかったかのように、ベルゼブブはため息と共に、言葉を吐き出す。
「何やねん。友達なら応援してぇな」
「はいはい。で、今度はどこの誰なんですか?」
 モロクは口を挟まずに、二人のやりとりを眺めている。話題に入れないのではなく、彼の口が言葉を紡ぐことを得意としていないだけだ。
「あんな――」
 アザゼルの口から流される情報に耳を傾ける。
 ちなみに、彼はつい一ヶ月ほど前にも同じような言葉を紡いでいた。
 同じ学校に通う、別のクラスの女子悪魔。可憐だとか、愛らしいだとか、理由はその度に変わっているが、結論は変わることがない。アザゼルが誰かに好意を向けているという事実はいつだって揺るがない。
「ああ、あの子ですか」
 ベルゼブブが記憶を手繰り、アザゼルの差している女子にあたりをつける。
 そして、小さく口角を上げた。
「ですが、彼女はつい先日、私のことを好きだと言ってきましたよ?」
「嘘やろぉ! 何で? っちゅーか、そんな話聞いてないで!」
「今話しましたからねぇ」
「えー。ワシら親友やのに、隠し事とか酷ないー?」
 なあモッさん? と、アザゼルがモロクに話を振る。
 正直、モロクとしてはどうでもいいことだった。他人の恋愛事情に興味があるような精神構造をしていないのだ。
「まあ、そうかもな」
 面倒ながらも、二人が納得するような言葉を選んで投げてやる。
 アザゼルはモロクの言葉に、我が意を得たりとばかりに胸を張る。それを見て、ベルゼブブが苦笑した。
「モッさんはアザゼル君に甘いんじゃないですか?」
「そんなことはない」
「またまたー。照れんでもええんやで?」
 調子に乗り始めたアザゼルの頬をモロクがつねる。それほど力を入れているつもりはないのだが、力を司る職能を持った一族のモロクだ。ただの淫魔であるアザゼルには相応以上の痛みが走る。
 痛さを訴え、涙目になるアザゼルを見下しベルゼブブが笑う。しばらくその光景を堪能した後、ようやくモロクは手を離すのだ。
 ちなみに、これは殆ど変わらぬ恒例行事だ。
 一ヶ月に一度の割合で、アザゼルが誰かに恋をしたのだと告げる。そしてその女子はベルゼブブに恋をしている。当たり前のように繰りかえされる行為をアザゼルもベルゼブブも疑問に思わない。思う暇もないのだろう。
 モロクは喚くアザゼルと、それを軽くいなすベルゼブブを眺めながら息を吐く。
 彼は他人の恋愛事情になど興味がない。だから、早く互いの気持ちに素直になってしまえ。としか思えない。
 アザゼルに好きな人ができる度に嫉妬をするベルゼブブも、その反応を見て安心するアザゼルも、実にくだらない。アザゼルが上げた名前の女子が、本当にベルゼブブへ愛の告白をしたかどうかなど、彼らにはどうでもいいことだ。
 互いが互いに執着している。と、いう証が欲しいだけに他ならない。
 モロクは二人の友人だ。もしも、彼らが恋人同士になったとしても、それは変わらない。だから、早く気がついて欲しいと願う。
 願うだけで、口にしないのは、モロクの心の片隅に痛みがあるからだ。
 もしも、二人が恋人同士になったら。モロクは一人になってしまうのかもしれない。三人でいるのが楽しいと思っていた。三人でいたいと思っている。
「もー。モッさん。ベーやんなんてほっといて帰ろうや」
「私も帰りますよ。どうせ途中まで同じ道なんですから」
 モロクを見た二人に笑みを返して、モロクはまだもう少し、このままで。と、心の中に零した。

END