悪魔の癖にプライドがない。
そういったところも好ましい部分ではあるのだが、いくらなんでも度が過ぎているのではないかと思わずにはいられない。
ベルゼブブは自身の隣に座っている機械仕掛けの友人を見た。
人間界では無駄な贅肉に変わってしまう体の柔らかさも、悪巧みを考えているときに光る姑息な瞳もない。力を求め、他者を圧倒したいという気持ちはわかるが、今回のものはあまりにも酷い。
第一、魔界へ帰ったときに彼の体はどうなってしまうのだろうか。鍛え上げられた肉体や切れ長の目は消えてしまっているのだろうか。
悪魔ばかりの魔界でただ一人、機械仕掛けになってしまっているアザゼルを想像する。なんとも不釣合いで、醜い存在だ。友人は多いが同じくらい馬鹿にされている相手も多いアザゼルのことだ。機械に魂を売った姿で帰れば村八分にあうことは目に見えている。
見えていないのはアザゼル本人くらいのものだろう。佐久間はそんなことを気にするような人間ではない。アクタベは言わずもがな。
「アザゼル君」
思いきって声をかけてみる。
「なんや?」
今までとは少し違う声が返ってくる。喉の辺りまで機械仕掛けになっているのだろう。
しかし、どこか声がはずんでいることだけはわかった。無視され続けているので、ようやく声をかけてもらえたのが嬉しくてしかたがないといった風だ。ベルゼブブはわかりやすく舌打ちをする。
「クソが」
「なんやねん。クソはベーやんやろ」
「ああ?」
防御力が多少上がっただけの癖にアザゼルは軽口を叩く。一瞬で沸点に達したベルゼブブはいつもの調子で首をちょん切ってやる。 元々、悪魔は不死に近い。機械仕掛けともなれば、不死の特製だけはなおさら強くなっているはずだ。躊躇など必要ない。
切り裂いた感触は、いつもよりも硬く、歪な力の入りかたを必要とした。
思わず顔をしかめる。
「ほんまベーやんは乱暴さんやなぁ」
アザゼルは手慣れた風に頭を拾い上げ、首と頭をくっつける。
床に血が飛び散らないことだけが、機械仕掛けの体における長所かもしれない。少なくとも、ろくな戦闘力を有していないアザゼルに限っていえば。
「キミは本当にそれでいいんですか」
「何がやねん」
「その体ですよ」
指を差され、アザゼルは己の体に触れる。
冷たい感触と硬い音がする。
「ベーやん嫉妬かー?
男の嫉妬は醜いでぇ」
「誰が嫉妬してんだこのクソ犬が」
苛立った勢いのまま、再び腕を振り上げる。
先ほどは横一文字に切ったので、次は縦に切ってやろうと思った。そう、思っただけだった。
「なっ……」
「この目があれば、ベーやんの動きもしっかり見えるんやで」
アザゼルが口角を上げる。
どうやら、機械仕掛けの目はベルゼブブの動きを瞬時にアザゼルへ伝えることができるらしい。見えるだけでは避けることなどできないはずなので、以外にも身体能力も底上げされているらしい。
使い方を間違えなければ、相応の力を持っていることがようやくうかがえた。
「で、それでキミは満足ですか」
「満足やなぁ。これで、ベーやんにもアクタベにもええ顔ばっかりさせんで済むし」
虐げられ続けたアザゼルの考えに不満はない。力を持つ者が上に立つことはベルゼブブも良しとしている。ただ、他人が自分よりも強いなどとは思っていないだけで。
「キミはいつから暴虐を職能としたんですか」
半目でアザゼルを睨む。
「その体で淫奔が勤まるのですか」
性に対して大らかなアザゼルは、魔界ではそれなりに遊んでいる。彼女のDVに怯えながらも数々の女を食っているような男だ。普段、人間界で詰られたとしても、それなりにやっていけているのは、彼女達を通して職能を発揮しているからだ。
しかし、機械仕掛けの体で女性を満足させることができるのだろうか。そもそも、彼のモノは改造されていないのだろうか。
「なんやベーやん心配してくれてんの?」
ケラケラとアザゼルが笑う。
「大丈夫やって。アザゼルさんにドーンと任せとき!」
「いや、そこのところを任せるようなナニカはないんですけどね」
「うーん。じゃあ、この体でもいけるって証明したろか?」
「は?」
訝しげな声を出したと同時に、その体が床に押し付けられる。
「……アザゼル君?」
「ん?」
「何をしているのですか」
「いや、せやから証明」
「……キミは本当に節操なしですね」
ため息を一つ。そして、本気の力を出す。
「うわっと!」
「はい。形勢逆転です」
ベルゼブブがアザゼルの上に覆いかぶさる。
「この姿だとヤりにくいですが、まあいいでしょ」
「え? ベーやん?」
「確認してあげますよ。本当に大丈夫なのか」
「せやったらこの態勢はおかしない?」
「おかしくないですよ」
爽やかな笑みが怖い。
逃げ出そうとするが、足を切られる。痛みはないが、動くことはできない。
「さあ、始めましょうか」
「いやあああああ!」
END
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8巻までの情報で書いています。