珍しく、アクタベにもさくまにも喚び出されず、アザゼルとベルゼブブは久々に魔界を散歩していた。アザゼルが女よりも友人を優先するのも非常に珍しいことだ。この状況に、ベルゼブブは心が躍る。
誰にも知られていないが、ベルゼブブはアザゼルのことが好きだった。いつからだとか、何故だとかいうことは知らないし、知りたいとも思わない。相手が淫魔であることも、女が大好きであることも知っているが、だからといって諦めのつくものでもない。
そんな感情がどう転がってしまったのかはわからないが、今の二人の関係というのはセフレだった。
「あー。もうずっとこのままやったらええのになー」
他愛もないぼやきにすら胸が跳ねる。
「そうですね」
だが、表面上はクールに装う。
アザゼルはずっと喚び出されないままがいいと言っているのだろうが、ベルゼブブとしてはこうして隣あう時間がずっと続けばいいと願わざるえない。ただの友人で、手を繋ぐことすらできない距離感がたまらなくもどかしいが。
「アクタベと契約してからっちゅーものの、ろくなことないしな。
しいて上げるなら、ベーやんと同じ職場になったことくらいやで」
「この私と同じ職場になれてよかったですねぇ。光栄だと思いなさいよ?」
棘が一つ刺さる。
アザゼルとしては何気無い言葉ばかりなのだろうが、その一つ一つがベルゼブブの胸を掻き毟る。愛しさが時を増すごとに倍増していく。今すぐ腕を引き、胸に押し付けてやりたい。そして、そのまま二人だけで生きていけたら幸せなのだろう。
けれど、それはできない。どこに閉じ込めたところで、喚び出されれば人間界へ行ってしまう。一度手放せば、二度と戻ってこないだろう。
「いや、普通に嬉しかったでー」
手が握られる。暖かい体温が手のひらを通して伝わってきた。
ベルゼブブがどれほど頑張ってもできなかったことを、彼はあっさりとやってしまうのだ。
「一々握らないでください」
振り払ってみせるが、手に残る温もりを逃がしたくなくて拳を握る。
「なんや、ベーやん機嫌悪ない?」
「そうですか?」
「溜まってんのちゃうか? って、ベーやんに限ってそれはないか!」
貴族であるベルゼブブは、相手を選び放題だ。昔からアザゼルはそのことを羨ましいと言っていた。しかし、アザゼルも他の悪魔からみれば女に苦労しているようには見えない。相手は主に攫ってきた人間ではあるが、そこは他愛もない問題だ。
今、直面している問題といえば、アザゼルが嫉妬の欠片も見せないことだろう。高々セフレであって、恋人ではないのだから、他に女がいるのかもしれないということで嫉妬して欲しいと思うのもおかしな話だろう。ただ、それでも嫉妬して欲しいと思うのが男の性だ。
何故、女が大好きであるはずのアザゼルが、男であるベルゼブブのセフレをしているのか。それを聞いたことはない。聞く勇気がずっとなかった。
「アザゼル君」
昔よりも、ずっと長く共にいるようになった。姿は本来のものとは違うプリチーな姿になってしまっていたが、それでもこの気持ちの姿が変わることはなかった。
「キミは何を思って私といるんですか?
私に犯されながら何を考えているのですか?」
口から零れ落ち始めた言葉は止まらない。言葉を受け取ったアザゼルが困惑しているのがわかる。
「さあ。正直におっしゃい」
アザゼルの瞳から感情が消え、ゆっくりと口が開く。
どのような答えがでるのかが怖くて、今まで尋ねたことがなかった質問に、暴露の能力を使った。もはや後戻りする道などない。開かれた口が言葉を紡ぐのを待つ。固唾を呑んでじっと感情の失せた瞳を見つめる。
「ワシは」
心臓が止まるのではないかと思うほど痛む。
「ベーやんのことが、好きやで。他の女の子と同じくらい。ずっと一緒にいたいと思ってるよ。
でも、ベーやんは貴族様やし、そのうち婚約者とか出てきそうやし、っちゅーか普通にワシなんかとセフレってのも不味いやろ。ワシは嬉しいからええけど。せやから、同じとこで働けるっちゅうのはいいなあ」
言葉の後、一瞬の間が空いて、アザゼルが冷汗を流す。瞳には感情が戻っていた。
「アザゼル君……キミは」
「最低や!」
愛しさがこみ上げ、抱き締めようと腕を伸ばしたベルゼブブであったが、腕がアザゼルを捕らえる前に彼の拳がベルゼブブを捉えた。
「痛いじゃないですか」
「うっさいわボケ! 能力使うなんて卑怯や!」
照れているのではない。顔は真っ青で、目には不安げな涙が溜まっている。
「……どうして、泣くんですか」
「誰が泣くか!」
再び腕を伸ばすものの、あっさりと払われてしまう。
「こんなん。言うつもりなかったんや。一生」
先ほど、暴露の能力により告げられた言葉を思い返す。
アザゼルは明らかに、ベルゼブブの体裁を気にしていた。顔を青くしているのも、それが原因なのだろう。
「本当に、馬鹿なんですね」
「なんやと」
睨み付けてくる瞳にも負けず、アザゼルの手を取る。そのまま片膝をついて手の甲に口をつける。
「何してんねん!」
驚き、振り払おうとする手を強く握る。ベルゼブブは真っ直ぐにアザベルの目を見た。
「好きですよ。アザゼル君」
「アホなこと言うなや」
「失敬な。私は本気ですよ」
「余計に性質悪いわ」
アザゼルは笑っていた。嬉しそうに頬を緩め、目を細めている。
「自分でも趣味が悪いと思いますけどね」
「失敬なのは自分やん! ワシ、滅茶苦茶カッコエエやん」
「はいはい」
互いの本心を知ったところで、何かが変わるわけではない。
何せ、好きだという事実は大昔から変わっていないのだから。
END