いつだったか、聞かれたことがある。
「キミは何で、あんな低俗な悪魔と共にいるんだい?」
私と同じく、暗いの高い悪魔からの言葉だった。あの時、私は何と返したのだろうか。欠片も覚えていないし、思い出す気もないが、おそらくは気のない返事をしたのだろう。
低俗な悪魔とは、アザゼル君のことだ。モッさんも含まれていたかもしれないが、彼に対して低俗などという言葉を使えば、体を消滅させられかねない。あの意味のわからない言葉を吐いた悪魔とて、そのことくらいは知っていたはずだ。
私はアザゼル君やモッさんと仲が良かった。お互い、趣味趣向は違っていたので、そういった話題で盛り上がることはなかったけれども、他愛もない話でグダグダと時間を潰すことは少なくなかった。
「なあベーやん、聞いてや」
そこから始まる彼の話が、キライではなかった。
己の感情を隠すことなくぶちまけるその姿は、清々しささえ感じた。その発言が己の首を絞めることになったとしても、彼は言葉を止めない。自分に素直すぎる愚かさに、私は悪魔らしさを感じていた。
陰でこそこそ交わされる陰口が嫌いなわけではなかった。その混沌とした雰囲気もまた悪魔らしい。だが、その闇が漏れてしまったとき、彼らはつまらない言い訳を並べ立てる。それが私は大っ嫌いだった。必死に媚を売るその無様な姿は笑えるもので、私の心を楽しませる。しかし、その後に残るのは、何とも言いがたい忌々しさだけだ。
対してアザゼル君はどうだ。己が悪いというのに、逆ギレをかまし、無謀にも私に向かってくる。何と愉快なことだろう!
この楽しさを理解できない愚か者に、わざわざこれを教えてやる必要なんてない。
ずっとそう思っていました。
しかし、最近は少し違うのではないかと思い始めました。
今は亡きモッさんは学生時代、私に素直になれ。と、言っていました。今さらなのですが、その意味がわかり始めたような気がするのです。もっと早くに気づいていれば、モッさんに報告することもできたのですが、残念です。
私はきっと、アザゼル君のことが好きなのでしょう。
それが友情なのか、恋なのか、まだわかっていません。けれど、私にとってアザゼル君という存在が、他の何者にも代えがたい特別な存在である。と、いうことは間違いないでしょう。故に、アザゼル君が私以外に詰られているのを見ると、面白くない。他の悪魔にヘラヘラしているのを見ると踏みつけたくなる。
この辺りだけ見ると、間違いなく恋をしているように思えます。けれど、アザゼル君に感じている特別が、友情の類であることも否定できないのです。
何せ、彼という男は非常に友人が多い男なのです。馬鹿で学習能力もないような男ですが、案外面倒見が良かったり、友人を大切にするものですから、子分めいた友人が数多くいるのです。私の周りにいる悪魔達は、友人ではなく手下が多いような悪魔ばかりなので、友人という分類にあたるアザゼル君が『特別』でも、何も不思議なことではないのです。
彼の手首には、いつの間にか腕輪がつけられています。アレは、モッさんが死んでからつけるようになったものだと、私は知っています。アレは、モッさんの形見代わりだということも、私は知っています。
死んだモッさんが唯一残した角飾りをキミは腕につけていましたね。でも、それはモッさんの一族に返さなくてはいけないから、よく似た腕輪をつけるようになりましたね。モッさんによく似たぬいぐるを引きちぎりながらも、キミはその腕輪を大切にしていますね。暴露を職能として持っている私が見れば、そんなことはすぐにわかってしまうのですよ。けっして口には出しませんけどね。
「ベーやん、ベーやん」
「……なんですか」
事務所のソファで目を閉じ、キミについて考えていたというのに、どうして邪魔をするんですか。
プリチーな姿になっているキミは、一生懸命ソファに登りながらボクの隣に座る。その姿をしているときは、腕輪は見えませんね。モッさんの腕輪ははっきりと見えていたのに、どうしてなんでしょうね。
「ほら見てー!」
バーン。と、効果音をつけながら見せてきたそれは、予想に違わぬエロ本。キミがウキウキした声を出しているときは、大抵そういった物が手に入ったときですよね。
本の中は、大きな胸を手で必死に隠しているような女性や、自分の体の魅力をどうすればよく伝えられるのか知った女性がそこかしこに印刷されている。アザゼル君はそれを見ながら尻尾をふらふらさせていますね。でも、私は女性にそれほど関心がないのですよ。もっとも、それがスカトロ誌であったのならば、キミの手から本を奪い取っていたでしょうけどね。
「またさくまさんに怒られますよ」
「平気やって。さくはまだ学校やろ」
ああ、やっぱりキミは馬鹿だ。
「こんにちはー」
「えっ! さくちゃん何で?! まだ午前中よ!」
一昨日言っていたことを忘れているのでしょうね。今日は講義が休講になっているから、午前中にくると、彼女は確かに言っていたというのに。
「アザゼルさん、何読んでるんですか」
「あ、やめて!」
「…………」
ゴミ屑を見るような目で睨まれたアザゼル君は、さっさとソファの影に隠れる。それですまされるはずもなく、さくまさんに頭を鷲掴みにされて延々と説教を受ける。涙を流し謝罪の言葉を紡いでいく彼だが、その涙が偽物であることは誰もが知っている。
涙に惑わされることのないさくまさんは、アザゼル君を勢いよく振る。あの細い腕のどこにそのような力があるのかはわからないが、彼女も悪魔使いとして日々成長しているということだろう。忌々しい。
哀れなアザゼル君をあざ笑いながら、先ほどまで考えていたことの続きを思う。
もしも、私が死んだならば、アザゼル君は何かを身につけてくれるのだろうか。一度、私が死んだかと思われたとき、彼は涙を流してくれたらしい。それはきっと本物の涙だろう。見ていなくてもわかる。伊達に彼のことを長年見続けていたわけではないのだ。
王冠でも乗せてくれるだろうか。スーツを着てくれるだろうか。
もしかして、何も身につけてくれないのだろうか。
「どないしたん」
気がつけば目の前にアザゼル君がいた。さくまさんからのお叱りは終わったのだろう。
驚きのあまり、目を丸くしている私の頬を彼が突く。
「何をするんですか」
「だって、そんな目してるベーやん珍しいんやもん」
ケラケラと笑うキミが好きだ。
「アザゼル君」
「ん?」
首を傾げるキミの頬を切り裂いてやる。
「ギャー! 何すんの!」
「キミが悪いんですよ」
そうやって喚いているキミが好きだ。
だから、何も身につけなくていいですよ。泣かないでいてくれれば、それでいいんですよ。
END