悪魔だというのに、キラキラと輝く金糸の髪はまるで天使のようだ。切れ長の眼は人の心を射抜く強さを持っている。
アザゼルはいつの間にか心にとある思いを芽生えさせていた。彼に触れたい。彼の傍にいたい。
「ベーやん!」
確信の持てない気持ちを隠して、自然な動作で方に触れる。たったそれだけのことなのに、アザゼルの心臓は爆発しそうなほど激しく脈打つのだ。ベルゼブブはそんなアザゼルの様子にはまったく気づかず、キミですか。と、いつも通りの返しをしてくる。
一向に落ち着こうとしない心臓を叱咤しつつ、世間話に花を咲かせる。おざなりな相槌にも慣れたものだ。片手間だったとしても、相手にされているという事実が嬉しかった。
そんなことを感じ、アザゼルはようやくこの思いに確信を持つ。
自分は、ベルゼブブが好きなのだ、と。
胸の違和感に気づくのに数十年。気持ちをまさかと疑うまで数十年。本日、ようやく確信を得た。
幾人の女性と関係を作り、ドメスティックバイオレンス的ではあるが、可愛らしい彼女もいる。それでも、アザゼルの心はベルゼブブを欲した。それは、もはや疑うことも、目をそらすこともできないほど、大きな想いへと成長していた。
だからこそ、アザゼルの発言は仕方のないものだったのだと言いたい。少しばかり考えが足りず、想像力や計画性が皆無であったとしても、それは仕方がなかったのだ。
「ワシ、ベーやんのこと、セックスしたいくらい好きやねん」
この様な超ド級の爆弾発言であったとしても、許して欲しい。
「――――はあ?」
ベルゼブブは美しい顔を歪ませた。それはもう、盛大に歪ませた。
面白みの欠片もない世間話をしていたかと思えば、唐突に送りつけられた告白。見れば、流れも空気も理解できない男が、ただただ真剣にベルゼブブの顔を見つめていた。そこにはやってしまったという後悔も、反省も何も浮かんでいない。
目をそらしかけたが、そうすると何かに負けたような気がして面白くない。ベルゼブブはアザゼルに視線を返しながら、先ほどの告白を思い返す。ついでに、己の脳に悲しくも刻まれてしまっているアザゼルの情報を取り出す。
馬鹿で、間抜けで、学習能力皆無の男。そう、アザゼルは男だ。ここは何よりも重要な点だ。何故ならば、ベルゼブブもまた男であるのだから。
あっさりと出た結論を、ベルゼブブは躊躇うことなく口にする。
「キモイんだよ。このホモ野郎」
唾を地面に吐き捨てるオプション付きだ。
「ちゃ、ちゃうし! ワシホモちゃうし!」
「私は男です。キミも男でしょう」
「せやけど! それとこれとは話が別っちゅーか……」
身を乗り出し、男だからではなく、ベルゼブブ個人が好きなのだとアザゼルは必死に弁明した。しかし、悲しいことにその理屈はベルゼブブを揺るがさない。そもそも、彼に届いていない。
己だけ。とかそういった問題ではないのだ。男が男を好きだと言うのならば、それはホモだ。間違いないと断言できる。その対象として自分が選ばれたとしても、全く嬉しくない。むしろ不愉快だ。
「ベーやんケツ好きやん」
「そこから出てくるものはとこかく、ケツは好きじゃないです」
蹴り飛ばすことも、唾を吐きかけることもしない。己は何と優しいのだろう。と、ベルゼブブは少しだけ口角を上げた。瞳には侮蔑の色がしっかりと宿っている。
そんな極悪面にトキメキを覚えるのはアザゼルだ。
「ベーやんにやったら掘られてもいい!」
「私を掘るつもりだったんですか。いい度胸ですね。えぇ?」
ベルゼブブは侮蔑の色を消し、怒りの色を宿した目でアザゼルを睨みつける。仮に、万が一にでも、アザゼルと交合うことになったとしても、ベルゼブブは下になるつもりは一切ない。男としてのプライドを捨てる気はない。そうなってしまうくらいならば、潔く死を選ぶ覚悟だ。
「いや、ワシの方が上手いかなーっと」
乾いた笑い声を上げ、両手の指をあわせる。ゆらゆらと尻尾は居心地悪げな様子だ。
「キミの考えはよーくわかりました。
今後、私の半径五m以内に入ってこないでください」
「えっ! 何で!」
拒絶を示したベルゼブブに、アザゼルは素っ頓狂な声を上げる。
見れば、心底わかってなさそうな顔をしている。あまりにも愚かなその脳みそに、ベルゼブブのこめかみに青筋がたつ。
「――少しは、その空っぽの頭を働かせやがれ」
怒気を通りこし、殺気が見えた。思わず尻尾を丸めてしまっても、なんら不思議ではない。だが、そのようなことで退くほど、アザゼルは利口ではなかった。
「せやかて、ワシら友達やん?」
「……は?」
この馬鹿はどこまで馬鹿なのか。
ベルゼブブは心底呆れ、心底嫌気が差した。悪魔的な身勝手さは好ましいものであるが、これはいくらなんでも酷い。
「あなたが友人であることを否定したのでしょ?」
同性に愛の告白をしておいて、未だに友人面をするなど、どうしてできるのだろうか。恋人にせよ、セフレにせよ、友人という関係を壊して別の関係を強要しようとしたのはアザゼルだ。
気色悪いんだよ、ホモ。とは言えても、これからもいいお友達よね。とは、ベルゼブブは言えない。言わない。言う理由が見つからない。
それを包み隠さずアザゼルに告げてやれば、彼は顔を青くして首を横に振る。力のない様子は、ベルゼブブの加虐心をそそる。
「なんでそないなこと言うん……?」
「何でって、キミは……」
悲しげにベルゼブブを見るアザゼル。二人の温度差はあまりにも激しい。
「大体、セフレってセックスフレンドの略やん! フレンドってお友達っちゅう意味やん!」
強く言いきった彼に、ベルゼブブは目を丸くした。そして、深い深いため息をついた。
アザゼルにとって、体を重ねるということはスキンシップの延長線上だ。先ほどの告白にも、大した意味はないのだろう。友情のランクアップと、それに伴い触れあい方を求めたに過ぎない。
そんな簡単なことに気が付いてしまえば、今さっきまでの怒りや嫌悪感が馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「……キミは、本当に馬鹿、ですねぇ」
呆れたように言えば、子供の様に拗ねた顔が目に入った。
「もう私とセックスしたいだなんて言いませんか?」
「……わからん」
「なら、私たちはもう友人ではありません」
そう言ってやると、アザゼルは唇を噛む。彼のような悪魔でも、友人は大切なものらしい。
しばらく考えた後、アザゼルは吐き捨てるように返事をした。
「あー。はいはい。友達がいのない奴やなあ! もう言いません! これでええやろ!」
「そうですね」
自分に非があるとうのに、アザゼルはまるでベルゼブブが全て悪いかのように文句を連ねていく。ベルゼブブは彼のそういったところがたまらなく好きだった。
そう、好きなのだ。
END