ルーイはひっそりとため息をついた。
周囲にピクミン達がいるが、彼らはホコタテ星人とはまったく違う言語を使用しているので、気づかれたところで告げ口される心配はない。それでもひっそりとついてみせたのは、ため息をつく原因となった相手、オリマーならばピクミン達の言語を解する日も近いのではないだろうかと危惧しているからだ。
実際のところは、ルーイよりも先にピクミン達との交流を持っていたオリマーであっても、彼らの言語や生態は謎に包まれているらしい。様々な考察をしているようだが、どれが正しいのかなど、極普通の会社員である自分達にわかるはずがない。
オリマー達は研究者ではない。チャッピーの行動パターンをデータとして得ることはできても、そこから細かな生態系まで把握しろというのは無茶な話なのだ。
何もかもが滅茶苦茶な未知の星において、オリマーとルーイは力も知識もない無力な生物でしかない。
ピクミンに囲まれながらも、適当に腰を降ろしていたルーイは、腹の中で退屈だと呟いた。
先輩であるオリマーに待機を命じられてから、どれほどの時間が経ったのだろうか。それほど長くはないのだろうけれど、ただただ待つだけの時間というのは、得てして長いものだったりする。
待機の理由が、ピクミンの安全を守るためのもの。と、いうのだから、先ほどついたため息には呆れも加わっていることだろう。オリマーとルーイでは、根本的な考え方に差があった。
ルーイは、戦力になるピクミンを積極的に消費する必要はないと思っているが、慎重に扱う必要もないだろう考ええている。対して、オリマーはピクミンという生命体を消費するような行動は、極力抑えるべきだと考えていた。
二つの考え方は真逆といってもいい。ルーイとて、洞窟の中でならば過保護にも思える行動も、まだ理解できた。せっかくのお宝を放り出して地上に帰らなければならないのは面倒なことだ。しかし、今は地上で活動しているのだ。多少の消費ならばすぐに取り戻すことができる。
最悪、全滅してしまったとしても、次の日にはオニヨンから種が放たれるという情報をルーイに与えたのは、他でもないオリマーだったはずだ。
首を傾げているピクミンにデコピンを軽く食らわせて、ルーイはぼんやりと記憶をたどる。ピクミン達はどれほど長い時間を待たされたとしても、不平不満をもらすことなくそこにいる。自由な体勢をとっているものの、どこか遠くへ行ってしまうことはないので、見張りの必要性はほとんどない。
未知の生物と物体に溢れたこの星に到着して何日目のことだっただろうか。オリマーは以前、この星に不時着したときのことをルーイに話してくれた。そこから察するに、彼がピクミンを大切に扱っているのは、トラウマというやつなのだろう。
今でこそピクミンの扱いも慣れたもののようだが、そりゃ当初は何もかもが始めてで、失敗することもあったようで、一度だけピクミンを全滅させてしまったことがあるらしい。
その時の後悔と絶望について語るオリマーを見て、ルーイは死というものの恐ろしさを身近に感じたものだ。日常生活の中で、あのような表情を見ることなどそうそうない。
ピクミンが全滅してしまったときの夜は眠れなかったらしい。助けとなっていた彼らがいなければ、ろくにパーツ集めもできない。自分の命が危うい。さらに、本能なのか何らかの利益を得ているのかはわからないが、己についてきてくれていた命を一度に失うことになった。幾つもの命がオリマーの胸へ圧し掛かったらしい。
結果的には、翌日になってオニヨンが新たな種を吐き出し、事無きを得たというのだから、脳内から消去してしまってもいい記憶だろうともいえる。
それまではろくにこの星についての情報を教えてもらうことができていなかった。探索レポートと初号機の言葉を頼りにやってきていたようなものだった。
腹の底ではもっと早くに言うべきだろうと文句を言っていたが、オリマーの責任ではないことくらい、ルーイもわかっている。
彼は宇宙から帰ってきたと思った途端に、またこの星へトンボ返りさせられたのだ。ルーイに説明を施す時間など殆どなかったし、この星に到着してからは、オリマー自身も多少混乱していた。
ワープの関係上、オリマーの認識よりも未知の星の時間はずっと多く経過していたのだ。とはいえ、通常ならば、生態系に大きな変化が見られるような経過日数ではなかったはずだ。それだというのに、オリマーが知っていた星と、ルーイと共にやってきた星の生態系は大きく違っていた。
根本的な部分では変わっていなかったのかもしれないが、より強い捕食者が現れ、より変化した生物が存在していた。また、その分布も変化していた。
オリマーは、ルーイに以前の星について話すと同時に、この星の生態系を変えてしまったのは自分なのかもしれないと言っていた。それは、まるで懺悔のようにも聞こえるものだった。
「私は、ピクミンを捕食者にしてしまったのかもしれない」
神妙な面持ちでオリマーはそう言ったのだ。
ルーイはいつも通りの無言を貫いていたが、内心は馬鹿にしていた。
マヌケな面をしているピクミン達を、どうやってみれば捕食者になるというのだろうか。簡単に食われてしまうし、死んでしまう。だからこそ、オリマーも慎重になっているというのに、矛盾した話ではないか。
だが、こうして退屈のあまりにピクミンを観察し、今までの冒険を振り返ってみれば、オリマーの言葉というのはあながち外れていないのかもしれない。
始めて青ピクミンと遭遇した際、彼らは他の生物を袋叩きにしていた。ルーイはその現場を見ていないが、赤ピクミンも似たような状況だったらしい。紫ピクミンなどは攻撃に特化しているといっても過言ではない。何より、数が集まったときのピクミンというのは、中々に凶悪だ。今は従ってくれているからいいものの、万が一にでもピクミンが反乱を起こせば、同サイズ程度しかないオリマーやルーイなど簡単に殺されてしまう。
「……そうなれば、食べてしまおうか」
不穏な言葉を口にする。
こんなことを、オリマーが近くにいるときに発すればどうなることやら。
ルーイは自分に忠告しておく。面倒なことが嫌ならば、このことは黙っておくべきだ。もとより、他人に己の考えを話すタイプではないので、それは非常に簡単なことだった。己の舌が働くのは、調子の良い嘘をつくときと、ものを食べるときだけで十分だ。
それにしてもオリマーの帰りが遅い。このペースでは、借金を返し終わるのにどれほどの時間がかかるのだろうか。この星での生活にも慣れ始めてはいるが、日中は宇宙服を着たまま活動し続けなければならない。これは決して軽いものではないのだ。そろそろ私服でゆっくり陽射しを浴びたくなってもしかたがないだろう。
何よりも、ホコタテ星の安全さを再び享受したい。原生生物に警戒する日々はもう勘弁願いたい。
自分のせいでここへ来ているのにも関わらず、ルーイはそんなことを考えていた。
END