喧嘩なんていつものこと。
仲直りなんて気づけば出来ていた。
「何すんだよ?! メタビー!」
「うるせぇ! 馬鹿イッキ!」
天嶺家ではほぼ日常と化した朝の喧嘩を始めていた。いつものことなのでチドリも止めることはなかった。いや、いつものことでなくてもチドリは止めない。
イッキの部屋はそう狭くはない。しかし、男同士の喧嘩をすれば身体の一部を棚などにぶつけることもしばしばである。ただぶつけるだけなら、痛いですむが今回はそうはならなかった。
メタビーの腕が棚にぶつかり、半開きになっていた引き出しが落ちたのだ。
「って!」
引き出しはメタビーの頭の上に落ちた。その反動で引き出しの中身は外へ放り出された。
その一つに軽く布で包まれたものがあったが、メタビーはそれに気づくことなく
踏んだ。
布に包まれていたのはガラスなのか、ガラスが割れる音が響いた。
「何だ?」
足をどけて布の中身を見ようとしたメタビーだが、それは叶わなかった。
イッキがそれを取り上げ、メタビーに背を向けて中身を確認していたのだ。
「どうした……?」
静まり返るイッキを心配したメタビーがイッキを呼ぶがイッキは何の反応も返さない。
「イッキ!」
場の雰囲気に耐えられなくなったメタビーがイッキの肩を引っ張るとイッキの目がメタビーを見た。
今度はメタビーが固まる番であった。イッキは目に涙を溜めていたのだ。
「われ……ちまった……じゃんか……」
涙をこぼしながら言うイッキにメタビーは慰めようとした。
「………そんな大事な物ならもっと厳重に保管しとけよ!」
慰めようと努力はしたのだが、出てきたのはこんな言葉であった。
言ってから、しまったと思うがもう遅い。
ゆらりと立ち上がるイッキ。メタビーは再び喧嘩が勃発すると覚悟した。
「イッキ?!」
今までにないほどの喧嘩になるに違いないと思ったメタビーの思いとは裏腹に、イッキは何も言わず部屋を飛び出し、何処かへ行ってしまった。
「なっ……」
突然のことに、呆然となるメタビー。慌てて窓の外を見るがすでにイッキの姿はなかった。
「あらあら」
のほほんとした雰囲気で出てきたのは母チドリ。
「母上……」
メタビーはメダロットでなければ涙を溜めていそうな声を出してチドリに駆け寄る。
メタビーの話を聞いたチドリはその場に放置されたままの布を拾い上げその中身を見た。
「まあ……」
その中身を見たチドリは心なしか嬉しそうであった。
「母上? それ何なのですか?」
メタビーが指すもの。チドリが持つ布の中身。淡い水色のガラス板。
「おまじない♪」
「おまじない?」
チドリの言葉に首を傾げるメタビー。チドリはそんなメタビーを見て微笑みながリビングに向かった。
「ほら、これ」
チドリがリビングから持ってきたのは、イッキの布の中身と同じ色のガラス板であった。
イッキのものと違うのはその板に『チドリ ショウゾウ』と夫婦の名前が書かれていた。
「これはね。ずっと一緒にいられるおまじないなのよ。
このガラス板に、自分と相手の名前を書いて布に包んでおくの。
あまり厳重に保管しちゃうと、相手を縛り付けるみたいだから……布で軽く。ね?」
よく見れば、イッキの持っていたガラス板にも何か書いてあったようで所々が黒くなっていた。
「でもね……。おまじないはおまじない。だから、このガラス板が割れてしまっても、本人しだいでどうにでもなると思わない?」
チドリの言葉に、メタビーは頷いた。
しかし、イッキの様子を見る限り『おまじない』を使ってまで別れたくない相手だったのであろうことは明白であった。
「メタビーちゃん」
「何ですか?」
メタビーの背中をチドリはそっと押した。
「イッキのこと、よろしくね」
母の笑顔は強かった。
メタビーは何処にいるかもわからないイッキを慰めに行くことになったのだ。
しかし、思ったほどイッキを見つけるのは苦労しなかった。メタビーは河原で座っているイッキをあっさり見つけることが出来たのだ。
元々、常に一緒にいるわけだし、お互い目を見れば何が言いたいのかも大抵わかる仲なのだから、見つけようとすればそれは簡単であった。
「……………」
それでも見つければいいというものでもない。
メタビーはイッキを少し離れた所で見ていた。話しかけることも出来ず、帰ることもできず、ただイッキを見ていた。
「………………メタビー」
不意にイッキが振り返ってメタビーを見た。
まさかばれてるとは思ってなかったメタビーはわかりにくいが驚いたようであった。
「俺が気づかないとでも思ってんのか?」
そう言うと、イッキはチドリによく似た笑顔を見せて自分の胸を押さえた。
「俺とお前はここでつながってんだぜ?」
さきほどの笑顔とは違う。はにかむような笑顔を見せたイッキにメタビーは適わないとでも言うかのようにため息をついた。
「ああ……。そうだな」
メタビーはイッキに近づき、イッキもメタビーに近づいた。
拳をつき合わせ、お互いの目を見ていつものように笑った。
仲直りをした二人はそのまま河原に腰をかけた。
「なあイッキ」
「何だよ?」
のほほんとした雰囲気の中メタビーがイッキに尋ねた。
「母上に聞いたんだけどよ……あのガラス板っておまじないなんだろ?」
「げっ! 母さん言ったの?!」
「ああ、それでさ……。お前は誰の名前書いたんだよ?」
しばらくイッキは何も答えなかった。顔を赤くして何かもごもご呟いていた。
「………まっ、まあいいじゃん!」
なんとか誤魔化そうとするイッキだが一度気になったものは止まらない。
メタビーはイッキに詰め寄った。
「だれなんだ〜?」
メタビーの声に怒りが含まれているのは……。おそらくきのせいではないであろう。今にもメダフォースを発射しそうな勢いだ。
そんなメタビーの様子にとうとう観念したのかイッキが口を開ける。
「メタビー……」
「ああ?」
イッキの小さな声ではメタビーの耳には届かなかったらしくメタビーが声を荒げる。
こういう時こそアイコンタクトで伝えれればいいのだが、悲しいことに今の二人ではそれをなし得なかった。
「メタビーだって言ってるだろ!」
大声を出してから、自分の声の大きさを知るイッキだが時すでに遅し。メタビーは固まっていた。人通りが少なかったのが救いだろう。
「…………」
気恥ずかしいやら気まずいやらで二人は何も言えなかった。
「「あのさ……」」
偶然か必然か、二人は同時に言葉を発した。
「「……なんだよ?」」
再び沈黙。
「俺さ……メタビーがいなくなんのは嫌だから」
ロボロボ団にメタビーが攫われた時、どんなことをしてでもまた会いたいと思った。
ロボロボ団からメタビーを助け出した時、目覚めないメタビーを見て狂いそうになった。
メタビーの夢の中で帰る場所がないと言われた時、自分の中で何かが壊れそうだった。
ヘベレケのプリミティベビーと戦った時、メタビーがいなくなるかと思った。
そんな思いをするのはもう嫌だと、イッキは言っているのだ。
「………………。バーカ」
「なっ……!」
メタビーの言葉にイッキは怒りを隠せずにいた。そのまま何か言おうとするがそれより先にメタビーが口を挟む。
「俺は今こうしてお前といる。それはこれからもずっとかわらねぇだろうが」
その言葉をあまりにも当然のようにメタビーが言うから、イッキはまた泣きそうになった。
「メタビィ……」
イッキはメタビーに抱きついた。
「俺……あのガラス板が割れた時、メタビーも同じようになったら……って考えて」
イッキの瞳から流れる涙がメタビーの装甲をぬらしていく。
「大丈夫だって言ってるだろ?」
メタビーの言葉はイッキの胸に染み込んでいった。
「う……ん……」
顔を赤らめたイッキは本日二度目の涙に体力を使ったのか、うとうととし始めた。
時間的にも暖かく、眠気を誘う雰囲気が流れていて、イッキは眠りについてしまった。
「イッキの奴寝ちまったのか……」
人間なら微笑んでいるところだがメダロットの身体なので雰囲気と声だけが微笑んでいた。
せっかくなので自分も寝ようと、メタビーもその場に寝転んだ。
「……イッキ。お前も俺を置いていくなよ?」
そう呟くとメタビーも眠りについた。
仲良く昼寝をしている二人は、道行く人達の心を癒したそうだ。
そしてその話を何処からか聞きつけたアリカに写真を撮られ、学級新聞になるのはまた後日。
END