昔々の話。とある島には精霊がいた。でも、島に住む人々は段々精霊を忘れ、科学に頼るようになっていった。人々はそれでいいと思っていた。島の外のように素晴らしい島になればいいと考えていた。
カミサマなど忘れてしまえばいい。それが人の幸せに繋がると思っていた。
だが、その島には危機が訪れつつあった。このままでは島に棲む生き物は全て死んでしまうだろう。精霊達は話し合った。島を守ろうと言う者、もうこんな島は放っておこうと言う者。意見はたくさんあった。
長い長い議論の末、精霊達は全てを島の生き物に任せることにした。ただ、ほんの少しだけヒントを与えた。
島に生きる者全てに夢を見させた。夢を見たことを覚えている者、その夢を信じる者はごく一部だろうとわかっていながらも、精霊達は最後のチャンスとして、島の危機を夢で知らせた。
チャンスに気がつくことを強く願う程度には、精霊達は島と島の住人達を愛していた。
そうして、夢を見たため、人生が変わってしまった少年ができた。
彼は夢に囚われ、大人になるための儀式に出ることができなかった。
大人にならなければ、愛しい人との約束が守れない。困った少年に、市長はお金を貯めて大人になる道を用意した。それは島の規則であり、よい財源確保のためでもあった。誰もが、少年はお金を貯めるのだろうと思っていた。その他の道など想像もしなかった。
しかし、少年は別の道を見つけてしまった。町外れに住む者の話しを聞き、少年は新たな道を選んだ。
気づいた時には親がおらず、町の外で暮らしていた少年は良くも悪くも純粋であった。お金で大人になるというのも、人の願いを叶えて大人になるというのも、少年にとっては正しいものだった。
少年が人の願いを叶えるということを選んだのは、精霊の声が忘れられなかったから。そして、一度人の笑顔を見た少年はそれに魅せられた。
誰かを助けて幸せにして、自分も大人になれる。そのような幸福の道を示されているのに、それを選ばないなど、少年には考えられなかった。
そんな少年が運命を変えたのだろうか、少年は青い青い卵をその手に収めた。
それでは島の守り神。テンジン
精霊達にとっても予想外の展開。
しかし喜ばしい誤算。予想外。もろ手を上げて喜び、精霊は少年へ声を届け続けた。
少年はその後も願いを叶え、テンジンに力を与えた。
少年はたくさんのものを変えた。人の悲しみを拭い、人に喜びを与えた。島は変わり、大きく変化を遂げた。島は救いの道を歩み始めたのだ。
精霊達はどこから救いの道は始まっていたのだろうかと考えた。
少年が生まれた時から。
少年が寝坊した日から。
少年が願いを叶えると決めた日から。
少年がテンジンを見つけた日から。
少年は大人になった。
それは金でなった大人ではなく、儀式的なもので手に入れた大人でもない。
心の成長を果たし、自然と大人になったのだ。
すべては、大人になるために行われたこと。打算もなにもなく、島を救おうというたいそれた思いはなかった。
図書館で本を読んでいた少年は静かに本を閉じた。
この島に伝わる物語は、陳腐な夢物語であるはずなのに、何故だか心にすっと染みた。
いつまで経ってもシマソトととは断絶されたような科学力。お金持ちも科学者もいるというのに、何故だか誰もが守り神への供物を捧げていた。
「そういえば、オトナ式って昔は本当にあったんだよなぁ」
現在、島の子供達は時間が経てば自然と大人になったのだとみなされる。それがいいことなのか、悪いことなのかは少年にはわからない。
ただ、当時のなごりなのか、このおとぎ話の影響でもあるのか、ある一定の時期がくると、子供達は進んで人助けをする。そして、一つの願いを叶えるたびに、一つの供物をテンジン様の祠へと捧げるのだ。
島の守り神が祭られているとはとてもではないが思えないほどボロイ祠だ。少年は以前、祖父にあれはいいのかと問いかけたことがあった。
「いいんだよ。彼はね、豪華な祠をもらうよりも、人々が幸せな方が嬉しいんだから」
祖父はちょっと変わっている人だった。
町の外で暮らし、時折不思議な話をしてくれていた。少年の母親はまたそんなおとぎ話をして。と、呆れていたが、それでも少年の心は祖父の話に魅せられていた。
「海の向こう側で釣りをしたことはあるか? 船に乗っていくんじゃないぞ。肩に乗っていくんだ」
「高い高い視界は気持ちがいいぞ」
「日に日に自分の顔つきが変わっていくのがわかるんだ」
「運命を感じたことはあるか?
私はおばあちゃんと出会ったとき、彼と出会ったとき、シマウラへ行ったとき。
……たくさんの運命を感じて生きてきたよ」
ぼんやりと祖父の言葉を思い出していると、図書館の扉が開いた。
「そろそろ帰るぞ」
「あ。わかったよポックルおじいちゃん」
END