これは夢だ。
たまにあるだろ? これが夢だってわかること。
オイラもわかった。これは夢だ。
誰もいない家でオイラは一匹でいた。じーさんも、ばーさんも、マタタビもいない。
心なしか家にほこりが積もってるような気がしたけど、夢だからまあいいか。
あまりにも退屈な夢だったから、自分で行動を起こすことにした。外の風景は異様だった。いや、普通っちゃぁ、普通だけど……。オイラの知ってる桜町はこんなに高いマンションなんて建ってなかったぞ?
……ま、夢だしな。
そうだ、剛達はどうなってんだろ?
ふと思ったオイラはあいつたちがいるはずのゴミ捨て場へ足を向けた。
何処も彼処もビルやマンションで溢れてる。排気ガス臭ぇなー。
オイラが目指した場所にはゴミなんてなかった。あったのはでっかいマンション。真っ白で、清潔感溢れるって感じ。ゴミなんて欠片も見えない。
何だろうな? 悲しい……ような気がする。
「クロ……?」
年寄り独特のしゃがれた声が聞こえた。
オイラはこの声に覚えはない。もちろんその姿にも見覚えはなかった。
誰だ?
「え……覚えてないのか?」
爺が悲しそうな目でオイラを見た。
知らねぇよ。
また悲しそうな目をオイラに向ける。夢の癖に生意気だ。
「そうか……回路に異常があるのかな?」
そういいながら手を伸ばしてくる爺。
何しやがるんだ!
手を払いのけてガトリングを向けると爺は嬉しそうな顔をする。何だマゾなのか?!
「違う。違う。私だよ。コタロー」
は……ぁ?
オイラの知ってるコタローはもっと小さい。ていうか、爺じゃねーよ。
「うん。クロは記憶の回路が損傷してるんだよ」
気味悪ぃ。オイラも変な夢見るな……。とりあえずここから離れるか。
「あっ! 待ってクロ!」
知るか。あんのコタローじゃねぇし。
どうしよう? どうしたらいい? どうすればこの夢から覚める?
よし、家に帰ろう。帰ったらどうにかなるかもしんねぇし。
「あれ? クロちゃん?」
今度は誰だ? また知らねぇ声だしよぉ。
「あたしよ。あ た し ! 一郎とめぐみの娘!」
またか。また変な奴か。
鈴木とめぐみに子供なんて……。
あれ? こいつの顔、どっかで見たことが、ある?
気のせいだ! そんなわけねぇ!
これは夢だ。オイラの夢なんだ。だから、何が起きてもおかしくない。
「待ってよクロちゃん!」
聞こえない。聞こえない。
あともう少し。もう少しでオイラの家だ。そうだ、家についたら寝よう。寝たら目が覚めるかもしれねぇ。
いつもの縁側でゆっくりと――。
なんだ、あれ。
まるで、墓みたいな。あれは――。
『マタタタビの墓』
嘘だ。いや、夢だ。そうだ。夢だよな。
オイラにはわかる。これは夢だ。
「クロちゃんにとって、夢のほうがいい?」
さっきの爺の声。でも、口調が違う。
オイラはゆっくり振り向いて爺を見た。何でだろうな。
コタローとダブって見えたんだ。
「ねぇ。クロちゃんの飼い主さん達が死んだのも」
言うな。
「剛博士が死んだのも、ミー君が後を追ったのも」
黙れ……。
「めぐみさんと鈴木さんに子供ができて、二人は死んだことも」
黙らねぇか!!
「マタタビ君が死んだことも」
うわぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!
「全部。なかったことにしたいの?」
夢だ。夢だ! これは、全部夢だ!!
夢に決まってる! オイラにはわかる!
これはただの悪夢だ!
END