学校が終わると子供達はこぞって広い場所へ走り、ロボトルを始める。
ロボトルオタクとも言われるイッキも、勿論その中に入っている。
「イッキー! 早く行くぞ!」
「待てよメタビー!」
一番の友人であり、パートナーでもあるメタビーは、毎日学校までイッキを迎えにくる。一緒に学校へ来ることもあるのだが、授業中にすることがないこともあって、たいていの日はこうして校門前で待っている。
それは少しでも早くロボトルをするためでもあり、同じ屋根の下に暮らしてはいてもずっと一緒にいたいという心の現れでもある。そのおかげで、少し前まではイッキの嫁と言われ、夫を尻に敷いていると言われていたアリカはお役御免となっている。今となっては、二人に制裁を加える姑のようなポジションだ。
「あんた達、ロボトル好きねー」
「あったりまえだろ!」
アリカの言葉に、イッキとメタビーの声が同時に返ってくる。息がピッタリあっている様子は、出会ってからまだ一年足らずだとは思えない。それを指摘すると、二人は途端に仲が悪いような口ぶりになって喧嘩を始めるので、あえて口にはしない。
メダロットが自我に目覚めたとはいえ、おおよその人とメダロットは今まで通りだ。
人間と喧嘩をするメダロットはそうそういないし、メダロッチを介して指示を送らなければ、ろくに攻撃を避けることもできない。今でも、アリカはメダロッチを必要としない人間とメダロットをイッキ達以外で見たことがない。
「公園まで競争だ!」
「じゃあスタート!」
「あ、ずるいぞ! イッキ!」
フライング気味で走りだしたイッキをメタビーが追う。その後をアリカ達が追うのは、もはや恒例の出来事だ。明日の新聞のネタになりそうなことでも起きないかと、胸がドキドキするのもいつものことだ。
先に走りだしたイッキが先に公園についた。しかし、それで納得するメタビーではない。二人はロボトルも忘れ、公園の端で顔を近づけて睨みあう。そのうち殴りあいに発展するであろうことはわかりきっている。アリカは呆れた表情を浮かべ、適当なところに腰を降ろす。
大体からして、人間であるイッキが、メダロットであるメタビーを殴れば手が痛いはずだ。それなのに、あの二人は種族の差などないかのように喧嘩をする。
見ていて羨ましいようでもあり、馬鹿馬鹿しいようでもある。
「絶交だ!」
「上等!」
またつまらない口喧嘩をしている。
どうせ言うだけだ。明日にならずとも、日が暮れ始めるころにはコロっと忘れて、夕飯について笑いながら話し合う。
「まるで友達みたいだね」
不意に、声が聞こえた。
ブラスを含めた四人が声の方を向く。そこには一人の少年が立っていた。頬を上げた表情は優しげに見えるが、暗い瞳の奥には恐ろしい何かが潜んでいるような気がしてならない。
「誰だ?」
メタビーが声を上げる。少年は喉で笑い、イッキとメタビーを見る。
「そんなことより、さ」
少年が近づいてくる。
二人は腰を低くして、いつでも戦えるような態勢をとる。しかし、少年は笑みを浮かべるばかりで、攻撃してくる気配はない。メダロッチは見えるが、メダロットの姿は見えない。どことなく不気味な雰囲気がかもし出されている。
「メダロットと喧嘩するんだね」
「オレはコイツをマスターだと思ったことはないからな」
少年の言葉にメタビーが返す。
以前だったならば、マスターでないという言葉に反応して怒気をあらわにしていたイッキだが、今はその言葉の裏を知っている。だからこそ頷くことができる。胸を張って言うことができる。
「オレとメタビーは友達だ」
当たり前のことを言う。
「――は、ははは」
少年が笑い声を上げた。
天を仰ぎ、手を額につける。
「な、何だぁ?」
異常ともいえるその行為に、二人は一歩引く。離れたところから見ていたアリカは思わずシャッターをきった。
少年はしばらく笑った後、再びイッキとメタビーを目に映す。
「友達? キミは、友達に『命令』するのかい? 『指示』を出すのかい?」
あざ笑うかのように言い放ち、指を差す。
ロボトルは人間が命令や指示を出し、メダロットがそれに従う。それは当たり前のことすぎて、誰も気にしていないようなことだった。
「それは……」
イッキは言葉に詰まる。
人間の友達に対して『命令』も『指示』も出さない。
ぎこちない動作でメタビーを見る。よく見れば細かい傷が見え隠れするパーツは、今までロボトルをしてきた証だ。
「ロボトルという戦いにキミは参加もしない。
危険にさらされるのはいつもメダロットばかりだ」
「黙って聞いてりゃ何だ! オレはロボトルが好きなんだ!」
言葉に詰まっているイッキに代わり、メタビーが怒鳴り声を上げる。その目は怒りで燃えていた。
勝手なことを言われ、勝手な決めつけで、自分達の間にある友情や絆が馬鹿にされているように感じてならない。
「一度も争いを嫌だと思ったことはないの?」
少年の言葉に、メタビーは前世の記憶を思い出す。
戦い続け、何もかもを失ってしまった。あの時代。夢の中で、メタビーは確かにもう戦うことは嫌だと願った。夢の中で一生を終えることさえ望んでいた。あの時、イッキがこなければ、確実に目覚めることはなかった。
「嫌だけど、そういう風に作られてしまったから。
嫌だけど、傍にいたいから。
そんな関係で共にいるのが友達かい?」
二人は口ごもる。心は自分達の間にある絆を強く感じてはいるが、それを形容する言葉や、少年の言葉を否定するものが見つからない。どうにもならない状況に、アリカが立ち上がる。
「あんたはどうなのよ! メダロッチを持ってるってことは、あんたもメダロッターなんでしょ?」
「ああ、ボクは本当の友達だからね。
ロボトルなんて野蛮なことはさせないよ。外にいるとロボトルをしかけられて危ないから、今は家にいるよ」
浮かべられた笑みに背筋が凍る。
「違う!」
メタビーが叫ぶ。
緑色の瞳が強く光っていた。
「ロボトルは争いじゃない!
メダロットと人間が繋がりあうことのできるものだ!」
イッキの手を掴む。
己の腕とは形状も違う。けれど、ロボトルをしているときだけは、何もかもを取っ払った感覚になれる。
「オレ一人でも勝てるかもしれねぇ!
でも、イッキの言葉を信じて勝ったときの方がずっと楽しい」
少年は不機嫌そうな顔をした。己の考えが否定されていることが不満なのだ。
「後ろを振り向く楽しさなんて、わかんねぇだろうな」
勝ったときに振り向けば、自分と同じように喜んでいる友達がいる。その存在があるだけで、ロボトルは一人で戦うよりもずっと楽しく、充実したものになる。争いとは違う。あの、何も生み出さない戦いとはまったく違うものだ。
メタビーの強い瞳が少年を射抜く。
「……メタビー」
イッキは一瞬目を潤ませた。
ロボトルをしているとき、メタビーを何を考えているかなど、今まで知らなかった。通じ合っていると思っていても、わからないことは山のようにある。
「――オレは、メタビーが嫌だって言うんなら、もうロボトルしない。
でも、危ないからって、家に閉じ込めるようなことはしない!」
一気にまくし立てる。
「ボクが間違ってるって言うのかい?」
少年の眉が上がる。唇が歪む。
「ああ、間違ってるね!
コイツなんて、来んなっつっても、学校にまで来るんだぞ!」
「テメェ! せっかく迎えに行ってやってんのに、何だその言い草は!」
喧嘩を始めた二人をアリカが止める。今は喧嘩をしている場合ではないのだ。
「……何もわかっていない。ボクがどれだけ、彼を大事に思っているのか」
「わっかんねぇよ!」
閉じ込めるような友情などわかりたくもない。
少年が一歩踏み出し、イッキの顔面を殴る。
「てめぇ!」
メダルがカッと熱くなったメタビーが声を荒げる。一歩踏み出し、イッキの仇を取らんとばかりに拳を握った。しかし、イッキがそれを制した。
「イッキ……?」
目を丸くしていると、イッキが殴られた頬を抑えながら口角を上げていた。まさか被虐趣味にでも目覚めてしまったのだろうかと、心の中で一歩引いてしまう。
「そいつはオレが殴る!」
言葉が終わるや否や、イッキが拳を振るった。
殴られた衝撃で、少年が後ろへ倒れる。涙目になった少年がイッキを見上げていた。
「何だよ!」
少年が再び拳を握る。
殴られては殴り返し、を何度も繰りかえす。子供の喧嘩だが、二人は真剣だ。
イッキが選んだことなので、メタビーも口出しせずに見ている。アリカとブラスは拳を握りしめているメタビーを横目に、少年とイッキの殴りあいを眺める。
しばらく殴りあった後、立っていたのはイッキだ。だてに、日ごろからメタビーと殴りあいをしてはいない。
「こうやって、殴りあうこともあるけど」
イッキが手を差し伸べる。
「あとで仲直りしたり、友達になったり……。
ロボトルも、そういうもんだろ」
ボロボロになった顔でイッキが笑う。少年は少し目を見開いた後、おずおずと手を取った。
「友達?」
「おう!」
笑っているイッキに、少年もぎこちなく笑い返す。
新たな友情に、アリカはシャッターをきった。明日の新聞の一面は決まった。
「……イッキ!」
黙って様子を見ていたメタビーがイッキの頬をつねる。
「いってー! 何すんだよ!」
「何すんだよ。じゃねー!
こんなボロボロになりやがって!」
普段、イッキがボロボロになることなどない。傷つくのはもっぱらメタビーの仕事だ。ロボトルの途中に傷を作ったり汚れを作ったりすることはあるが、あちらこちらに打撲を作り、血を流している姿はあまり見るものではない。
「別にこのくらい平気だって」
「そういう問題じゃねーよ!」
「ははーん。メタビー、あんたイッキのことが心配なんだ?」
「ばっ! ちげーよ!」
アリカの言葉に反論するメタビーだが、イッキの手を握っている状態では説得力にかける。
イッキと同じくボロボロになってしまった少年は、口の痛みを感じながらも笑みを浮かべた。次は、メダロットとこの公園にきたい。そう思えるようになった。
END