寒い、寒い冬、暖房器具もろくにない万屋で神楽ちゃんと銀さんを待った。
銀さんがいなくなってもう三日目。
始めのうちはきっとお酒を飲んでるんだとか、パチンコにでも行ってるんだって言いあってたけど、さすがに三日も経つとそんなこと言えなくなってきた。
ボクの知っている銀さんはトラブルに巻き込まれやすいけど、どんなトラブルにも負けない強さを持っていた。
ろくでなしで、死んだ魚の目をしてるのに、鈍い銀色の光を持っていて、綺麗な日本刀みたいな強さのある人だったんだ。だから心配いらないって言い聞かせてた。
ボクらが不安で押しつぶされそうなとき桂さんがきた。
息を切らせていた桂さんがボクと神楽ちゃんの腕を掴んで走り出したときにはさすがに驚いた。
ただ、その表情からただならぬ雰囲気を感じたボクは黙っていた。
走りながら桂さんが言ってくれた。近くの山のふもとで銀さんらしき人がいたって。
空は灰色で、町は雪で白かった。
町がこんなに白いなら山の辺りはもっと白いんだろうなと、ボクは変に冷静になって考えていた。
不思議と疲れなかった。山までずっと、ずっと走り続けた。
予想通り真っ白だった山のふもと。何の穢れもない真っ白ばかりで、何だか憎かった。
この白が銀さんを隠してしまうんじゃないかと思った。だって銀さんの髪は白銀で、着物も白くて、雪に紛れたら見えなくなっちゃうじゃないか。
吹雪いてなんかいないけど、銀さんを見逃してしまいそうで怖い。
何度も銀さんの名前を呼んだ。近くに人が住めそうな所はない。
もしかしたら、もう移動してるかもしれない。もしかしたら銀さんみたいな人っていうのは見間違いで、本当の銀さんは万屋に帰ってきてるかもしれない。
そんなことを考え始めたときだった。ボクが、白じゃない色を見つけたのは。
神楽ちゃんの色でも、桂さんの色でも、定春の色でもない。
でも、その色は銀さんの色でもなくて、ここにあって欲しくない色だった。
きっとボクの目がおかしくなったんだ。あんな色、実際にはないんだ。
赤い、色、なんて、ないんだ。
真っ先に駆けだしたのは桂さんで、ボクと神楽ちゃんは出遅れた。
赤い場所には僕らが探していた人がいた。
静かに目を瞑って、周りを赤く染めて。
その赤はトマトジュースでもイチゴジャムでもなかった。もっと濁った赤で、仄かに鉄の匂いがした。
赤く染まってない真っ白な雪と銀さんの髪は同化してて、銀さんの髪がずいぶん大きく見える。
あ……。そういえば、誰かが言ってたような気がする。
『凍死が一番美しい死にかた』
だって。
正確には凍死じゃないけど、確かに今の銀さんは綺麗だった。
似合わない。銀さんに『綺麗』なんて。銀さんは少し汚れてるぐらいがいいんだ。ほこりや泥でまみれたその姿がかっこいいんだ。
「銀さん。早く起きてくださいよ」
言葉が勝手に出てくる。
「とっとと起きるヨロシ」
神楽ちゃんも銀さんを呼んでる。
「そろそろ起きてくれないと今週の甘味はなしですよ」
「十数えるうちに起きるネ。起きなかったら鼻フックネ。いーち。にーい……」
近くで桂さんが何か言ってる気がするけど気のせいだ。ボクもとうとう痴呆が始まったのかな?
ここは万屋じゃないか。
桂さんがいるわけないじゃないか。
数を数える神楽ちゃんの声は震えてない。
ボクの目から流れてるのは、涙、じゃ、ない。
END