ネットの海は広い。
広大海の中に一つの掲示板がある。そこで生み出された命もある。
「なあ弟者」
「ん? 何だ兄者」
彼らはその一人だ。
作られた過程で定着せず消えていく者もいるなか、今でも彼らは生きている。
「オレ達、死ぬのかな」
「はあ? 何言ってんだ」
弟者は呆れたような目を向ける。
「まだまだ生きるだろうよ」
この言葉には根拠がある。AAとしては古く、懐かしいと称されるようになってしまった自分達ではあるが、未だに使い続けられている。さらに、一行AAを使った特殊な小説の中でも彼らは生きている。
物語の中でその生を失うことも勿論あるが、それは髪が一本抜けてしまった程度の影響力しか与えない。
「死なないさ」
元気づけるような強い言葉も、今の兄者には意味をなさない。
ため息をつき、愛用のパソコンに目を通す。
パソコンの中は、灰色の画面と黒い文字、緑の名前、青のレス番。自分達が生まれた場所が写っている。
「まさか、兄者まで『最近の〜』などと言い出すのか?」
眉間にしわをよせる。
弟者もそれを思わないわけではないが、時は流れるのだから、人が変わりゆくのは定め。文句を言えるはずがない。
「いや、だが寂しいな」
「規制か……」
大量の規制により、自分達を使い小説を書いていた者達が消えた。避難所というものを使い、今もまだその火は消えていないものの、やはり少し寂しいものではある。
ネットの海は広い。しかし、浅い。
「なあ、所詮0と1の存在だとは思わんか?」
「どうしたんだ。今日は真面目だな」
いつもと調子が違う兄者に、弟者は振り回されてしまう。
「オレはいつだって真面目だ。ブラクラを踏んでるときだって、ソニンタンを見てるときだってな」
「すまん。オレの勘違いだったようだ」
素早く前言を撤回した弟者は話の続きを求める。
「データがなくなれば終わりってことさ」
パソコンを終了させ、部屋を出て行く。
「何が言いたい?」
兄者の腕を掴み、鋭い言葉を突きつける。
今、家には父者、母者、姉者に妹者もいる。こんな兄者を見せることはできない。見せてはいけないような気がした。
「人は覚えていてもらえる。ネットが消えたって生きてるんだ」
「オレ達は人に覚えていてもらたって、意味がない」
「そうだ」
データでしか生きていられない。
運がよければ人間が滅んでもしばらくは生きていられるだろう。徐々に壊れていく世界に怯えながら。
「あんな小さな箱にオレ達は生きている」
兄者が指差すのは大きなデスク型のパソコンではなく、持ち運びに便利なノートパソコンだ。
「簡単に死ぬ」
「オレは覚えてるぞ」
切ない色を宿した瞳を弟者がしっかりと見つめる。
「絶対に忘れない。ブーンもドクオも、モララーも、ツンデレも、みんな覚えてる」
兄者の細い目がわずかに見開かれる。
「オレ達は0と1の存在だ。
だけど、その0と1の中にたくさんある。大丈夫だ。オレ達は消えない。死なない」
真っ直ぐな瞳に兄者は思わず吹き出した。
「な、何だよ!」
真面目な話をしていたのに、急に笑い出した兄者がわからない。
「いや、そうだな。ああ。そうだ。間違いない」
大笑いした兄者は再び部屋の中へと足を踏み入れ、パソコンの電源を入れる。
「まあ、少しでもこの浅い海に浸っていられるようにコピペでもするか」
「流石だな兄者」
いつもの定位置へといく。
「流石だろ?」
椅子に座った兄者は立っている弟者を見上げる。
「あ、ブラクラget」
「……流石だな」
目を離した隙にブラクラを踏む兄者に、弟者は最大級のため息を送る。
END