一年をフルに使った世界一周旅行から帰ってきた夫婦。知る人ぞ知るマーガスの両親である。
久々の故郷、フランに帰ってきて真っ先に聞いたのが、あの『エクス・ガリバー』が我が故郷にあるということであった。
『エクス・ガリバー』通称エクス。ここ三ヶ月で有名になってきている武器屋である。
五人で経営しているその武器屋は全員がドラゴンキラーの資格を持っており、決して他の誰かを雇おうとはしない。たった一つの武器屋である。
この武器屋が有名になったのはドラゴンキラーの資格を持っていることだけではない。
どんな危険な戦地であろうとも、相応の金額さえ払えば武器を届けてくれるのだ。
今や知らぬものはいない。しかしその武器屋の場所を知っている者はまだ少なく、ある意味では伝説の武器屋である。
息子に顔を見せてから一緒に武器屋を見に行こうと思っていた夫婦だったが、家に帰ってみれば誰もおらず、長い間人が住んでいないかのような生活感のない綺麗な部屋だけがあった。
「これは……?」
息子へと持って帰ってきたお土産を床に置き、部屋中を見渡すがやはり何処にも息子の姿はなかった。
「アレー? マーガスのおばさん?」
開けっ放しだった玄関から顔を覗かせたのは息子の幼馴染のつるっぱげ頭。
「ジャン君……」
「帰ってきたんですねー。まあまあ、腰を掛けて掛けて」
まるで自分の家にいるかのように、ジャンは自然に夫婦を椅子に腰掛けるようにいった。
その場の雰囲気で、夫婦も違和感なしに椅子に腰掛けてジャンの方を向いた。
「実は俺、今武器屋をやってるんですよ」
ジャンの言葉に、夫婦は戸惑った。今、その話は関係ないはずなのだから。
「知ってますか?『エクス・ガリバー』」
「ええ?!」
先ほどまで息子の行方ばかり気にしていた夫婦であったがジャンの口からエクスのことが出たのに驚いた。いや、ジャンがエクスの従業員であることに驚いたのかもしれない。
息子の幼馴染で、自分達もよく知っているジャンがまさかドラゴンキラーの資格を持っているなんて夢にも思わなかったのだろう。
「いやー。エクスも有名になったもんだ」
夫婦の驚きように、逆に驚いてしまったジャンに夫婦はエクスがいかに有名な武器屋か話した。
他の街では有名でも、エクスに来る人の数がそう変わっていなかったのでジャン達はエクスが有名になっていることを知らなかったのだ。
「でも、ジャン君がドラゴンキラーだなんて……。マーガスにも見習わせたいわ」
マーガスの母は息子の名前を出して、ようやく息子の行方が分からないことを思い出した。
「そういえばマーガスは……?」
マーガスの母がジャンにマーガスの行方を聞くと、ジャンは意外なことを聞かれたのか、キョトンとしていた。
「え……? ああ、そうか。おばさん達はいろんなとこ行ってたから手紙も出せなかったんだっけ」
うっかりしてたと言いながら、ジャンはニッと笑った。
「マーガスはアスベルに行きましたよ」
まぶしいほどの笑顔。いや、むしろまぶしいのは頭か。
「ちょっ……ちょっちょっと?!」
すっかり混乱状態に陥ったマガースの母はジャンの肩を掴み、前へ後ろへと揺さぶった。
「かっ、母さん。ジャン君が死んじゃうよ?!」
ジャンを助けるべく、マーガスの父が母を止める。しかし、混乱している母はジャンを揺さぶる手を止めない。
「おばっ……ちょ…話す……から…離して……ください」
目から涙を流しながら言うジャンの姿を見て、哀れに思ったのかマーガスの母は手を離した。
「さあ! さっさと吐きなさい!!」
何故か偉そうな母。まるでジャンが犯罪者のようだ。
ジャンは、まだ揺さぶられているような感じが残る頭を抑えながら話し始めた。
エクスと仲間達との出会い
ノンの結婚式と仲間の結束
エクスの崩壊と天下一武器屋祭
最終決戦でのドラゴンとの戦い
そしてイッコのエクス脱退宣言
波乱のドラゴンキラー試験
「色々あったんだね」
息子が最低でもあと一年と九ヶ月は帰ってこないと知り落ち込んでいる母とは違い、父の方は冷静に受け止めていた。
「そーっすね。一年なんてあっという間でしたよ」
笑っているようにも、悲しんでいるようにも見えるジャン。マーガスの不在をある意味誰よりも悲しんでいるのだ。
「マーガス……」
落ち込みっぱなしの母。仮にも一年間息子をほったらかしにして旅行に行っていたというのに、この落ち込みようはなんだろうか?
「七人の武器屋が五人の武器屋になっちゃったね」
父の言葉にジャンは一瞬呆気にとられたような顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。
「おじさん。エクスの正式名称。知ってます?」
今度は、父が呆気に取られる番であった。エクスの正式名称など誰でも知っているのだから。
「『エクス・ガリバー』だろ?」
父が答える。しかし、ジャンは首を横に振った。
「『Seven エクス・ガリバー』です」
Seven エクス・ガリバー。七人のエクス・ガリバー。
それは、今でも五人ではなく七人だと言う意味なのだろう。
「今はイッコもいねぇし、マーガスもいねぇ……。けど、イッコは強いからすぐ……とはいかなくても二十億ドルク稼いで帰ってくるだろうし、マーガスも優秀だから一年と九ヶ月で帰ってくる。そんで、帰ってきたらまた武器屋をやる!」
はにかむような笑顔。父はそれを見て理解した。今ここにいないマーガスも、イッコも、武器屋に残っている皆も、同じようなことを言い、同じように笑うのだろう。
ジャン達はずっと考えていたのだ。イッコとマーガスが帰ってきたら、ドラゴンキラーの資格とレンジャーの資格をフルに使った自分達だけの武器屋を作ろうと。
イッコが激戦地に武器を届ける
ノンが武器屋にお菓子を置く
ケンジが武器を作り
ドノヴァンが武器屋を掃除し、アムレス払いを
ジャンが内装を整え、ジャンケン払いを
マーガスがイッコのサポートや武器屋の経営アイディアを出す。
七人の武器屋。減ることも増えることもない最高の武器屋を作るのだ。
嬉しそうにジャンは話した。マーガスが帰ってきたらどうするのか、イッコが帰ってきたらどうするのか。
「……待たなくてはいけないよ?」
父は静かに言った。
「………………待ちますよ。エクスは七人の武器屋ですから」
ジャンは少し寂しそうに笑った。
「……私達も待たなくてはな。ジャン君達がマーガスを待っているのに、親が息子を待たなくてどうするんだい?」
「………ええ、そうね」
夫の言葉に泣きそうな顔をしながら答えた。待つのがこんなにも辛いことだと母は知らなかった。
「週に一回俺達が交代で掃除に来てたけど、もうその必要もないみたいですね」
週に一回マーガスの家を掃除に来ていたエクスのメンバーだが、家に人が帰ってきたならその必要もないと、言いながらふと窓の外を見てみた。
「ゲッ……」
窓の外はもう薄暗くなっていた。話に夢中になりすぎて部屋が暗いことに気がつかなかったのだ。
「やっべー! 店、あいつらに任せたままだったのに!!」
慌てて帰ろうとするジャンの耳に聞きなれた声が聞こえた。
「全く……何やってんっスか?」
生意気なその声の持ち主はケンジであった。
「ワリィ! ちょっと話しこんじまってよ」
「皆さんのほほんとしてますから、怒ってはいませんけど心配してたっスよ」
イッコやマーガスがいないため、ジャンがサボって怒りをあらわにするのはケンジだけになっていた。
「あっ! そうそう、こっちがマーガスのお袋さんと親父さん」
「マーガスの……? 始めましてケンジっス」
ケンジがお辞儀している間に、ジャンは玄関の外に出ていた。
「ケンジー!ほら、店に帰るぞ!」
「待ってくださいよー!!」
ケンジとジャンはそのまま駆け足で店へ帰って行った。
「良い仲間とめぐり合えたみたいだな」
父の独り言に母は静かに頷いた。
END