運命とは何とも数奇な巡り合わせをするときがある。
「久しぶり」
「……ああ、久しぶり」
偶然に出会ったのは、トウコとその幼馴染のチェレンとベル。そして、つい最近まで敵対していたNだった。トウコは笑みを浮かべているが、他の三人は何とも微妙な顔をしている。
Nからしてみればバツが悪いだろうし、チェレン達からしてみれば、パートナーを奪おうとした人間が目の前にいるのだ。何とも言えないのは当然だろう。
「やだ。みんなそんな顔しないでよー。Nだって、もう私達からポケモンを奪おうなんてしてないんだから」
トウコが断言する。
彼の過去に触れ、レシラムと去っていく姿を見たからこそ言える言葉だ。Nの過去など知りもしない二人が納得できるわけもない。警戒が解かれないのを見ても、トウコはこれ以上のことは言えない。さすがに、他人の過去をベラベラ喋る趣味はない。
「キミ達にも謝らなくてはいけないね。
あのときは色々とすまなかった」
Nは深く頭を下げた。
「え……」
その姿に二人は戸惑う。
今まで嫌っていた相手が、良い人になってしまった。許さないなどと言えば、たちまち悪者になってしまうだろう。口を閉じていたベルがモンスターボールを投げた。
中から出てきたのは彼女が初めにパートナーにしたダイケンキだった。
「もう私たちを離れ離れにしない?」
不安そうな瞳のベルと、そんなベルを守るように前へダイケンキが出てくる。ポケモンの声が聞こえるNには、彼の声が痛いほど聞こえた。
『彼女は優しい。私は彼女といたい。邪魔をするなら許さない』
彼はプラズマ団がムシャーナを奪ったことを覚えているのだろう。鋭く光る眼が恐ろしい。ただポケモンを愛したあまりの行動だったのだと、言い訳してもしかたがない。Nは静かに頷いた。
世界には多くの人間がいて、ポケモンがいる。
Nが見てきた狭い世界で、ポケモンはいつも嘆き、憎しみの言葉を吐いていた。声が聞こえるNはそれが辛くて、悲しかった。けれど、広い世界を見てわかったのは多くのポケモンは幸せを享受しているということだ。人がポケモンを愛するように、ポケモンも人を愛していた。
「あたしは信じるよ」
ベルはダイケンキの首を撫でながら言った。
初めて見たときと変わらず、ベルは優しい人間だとNは感じた。力だけが強さではないと知っているが、力のなさに悲しみを覚える少女だ。
「ありがとう」
「……ベルもトウコも甘いよ」
チェレンは拳を固く握って言う。
Nはそれに反論する術を持っていなかった。許さないと言われるのならば、それを受け止めるしかない。目を伏せ、どんな罵倒にも耐えようとする。
「でも」
チェレンは続ける。
「ボクはキミの被害にはあってないし、キミのことを深く知っているわけでもない。
被害にあったベルが許すなら、キミのことをよく知っているトウコが良いというなら、ボクだって許すよ」
「……ありがとう」
目頭が熱くなる思いだった。
チェレンにだけは許されないだろうと感じていた。トウコやベルとは違い、チェレンは理性的で思慮深い人間だ。簡単にNの罪を許さないだろうと。
「ほら、N顔をあげて」
トウコのジャローダがNを心配そうに見ている。
優しいポケモン達だ。彼女達とよく似ている。
「ああ、キミ達のポケモンは優しいね」
「当然よ」
二人はパートナーに抱きつく。ダイケンキとジャローダからはひたすらに喜びの声が聞こえてきた。幸せな声を聞いていると、Nの心も晴れやかになる。ずっとこんな声を聞きたかった。レシラムと友達になったのも全てこのためだ。ポケモンの解放こそ叶わなかったが、根本にあった願いは叶った。この喜びを誰かに伝えたい。そう思ったNは一つの名案を思い付いた。
顔をあげ、ダイケンキに手を伸ばした。一瞬、ベルが肩を揺らしたが、Nの瞳に敵意がないことを知り、静かにその様子を見守る。Nはダイケンキに告げた。キミの思いを届けてあげると。
心が通じ合っているとは言うが、はっきりとした言葉を伝えたい、伝えられたい。そんな風に互いが思っているのはわかりきったことだ。せめてもの償いに、Nはその思いを解消しようというのだ。
ダイケンキは戸惑いを見せた。一方的な言葉を今まで伝えてきた。それが、他人の力を介す形とはなったが明確に伝えることができるのだ。
『早く言いなよ』
隣でジャローダがせかす。
ベルも期待のまなざしを向けていた。彼女もまた、ダイケンキの言葉を聞きたいのだろう。もっとも愛す者が望んでいるのだ。言葉を紡がないわけがない。
『あなたはいつも笑っている。それが私はとても嬉しい。力を持てと強要するでもなく、あるがままの私達と一緒にいてくれる。
当然のことをしているのかもしれないけれど、私達にはそれがとても、とても嬉しいことだ。私達がバトルで負けると、あなたは自分のせいだと言うが、それは違う。私達が弱いのだ。
私はもっと強くなる。あなたがよそ見をしていても勝てるようになってみせる。だからずっと笑っていてほしい』
Nの言葉を介して伝えられた言葉にベルは涙をこぼした。
「もう……。笑っててって言われたのに。あたしダメだね」
不安はいつでもあった。弱い自分。知識の足りない自分。そのために負けていくポケモン達。愛想を尽かされているのではないかと思ったこともある。けれど、すべては杞憂だったのだ。ポケモン達はただまっすぐにベルを見ていた。負けることすら、いとわない思いだ。
「ずっと一緒だからね。ずっと、ずっと!」
ダイケンキの首に抱きつく。
『あなたはあなたのままでいい。あなたのできないことは私達がするから』
隣で聞いているトウコやチェレンの方まで泣きそうになる。
普段は伝わることのない言葉が伝わるというのは、何とも言えない心地がある。
「ああ、キミも伝えたいのかい?」
Nが言うと、チェレンの持っていたモンスターボールが揺れた。中から現れたのはエンブオーだ。
「エンブオー?」
今まで、ポケモンが勝手にモンスターボールから出てきたことなどなかったので、戸惑った声を出す。
少し申し訳なさそうな顔をしつつも、エンブオーはNと向き合い何かを言っている。
『お前はいつも一生懸命だ。見ているこちらが辛いくらいに。だけど、そんなお前だからオレ達も頑張ることができる。
どんな道を進んで行くのかはわからない。途中でそれが間違いだと気づくこともあるかもしれない。でも、どんな道でも一緒にいくから』
間違った道を進むのも、堕ちていくのも一緒だとエンブオーは言葉を紡いでくれていた。
ただ力を求めていたチェレンにとって、その言葉は痛くも嬉しいものだった。
「……あり、がとう」
そっとエンブオーを抱きしめる。
長い道を歩いてきた。辛いことも、受け入れがたいこともたくさんあった。それらを今まで続けてこれたのは、彼の存在があったからこそだ。
『礼を言うのはオレ達の方さ。一緒に歩いてくれてありがとう』
「さあ、最後はキミだよ、ジャローダ」
Nがジャローダを見ると、トウコがそれを止める。
「い、いや、あたし達はいいよ。ね?」
『ボクも伝えたい』
「ジャローダは伝えたいみたいだけど?」
幼馴染達がパートナーの言葉を伝えられ、涙を流している。羨ましくはあるが、同時に気恥ずかしい気持にもなる。
長い時間を一緒にすごしてきたのに、今更まっすぐな言葉を向けられるというのはやはり勇気がいる。
『ボクは、ボク達はあなたといられてよかった! 広い世界を見たよ。たくさんのポケモンに会ったし、人にもあった。
あなたと一緒に次の町へ行くとき、ボク達は心を躍らせた。あなたはまっすぐだし、好奇心もあるから、急ぎ足だけど、イッシュのほとんどを回ってからは、ゆっくり今までの町を訪れるようになった。
本当にありがとう。ボクはあなたといられて本当に幸せだから』
赤い瞳がトウコを映していた。
「……馬鹿ね」
ジャローダの首に手をまわす。
「ありがとうなんて、私の台詞なのに」
『次はどこへ行こうか』
「遠くの世界にでも行ってみる?」
『あなたが望むなら』
幸せな言葉であふれている。
人とポケモンがこうして支えあう姿をもっとたくさん見たいと思った。
『私達もあなたのことを大切に思っているのよ』
突如現れたのはレシラムだ。
「レシラム?」
『心優しい英雄よ。あなたほど素晴らしいパートナーはいない。
忘れないで。幸せは、決して隣にだけあるものではないの』
慈悲に満ちた瞳にNは表情を緩ませる。
『聞き捨てなりませんね』
『まったくだ』
『ふざけないでほしいね』
聞こえた声にNが振り向くと、三人のポケモン達がレシラムを睨んでいた。パートナーの変貌っぷりに三人も困惑している。
『ベルの優しさにかなう者がいるはずがない』
『何を言う。チェレンのひたむきさを知らないのか?』
『トウコほどボクらのことを理解してくれる人はいないよ』
それぞれが自分のパートナーこそと、口々に声をあげる。
「え、どうしたの?」
「エンブオー! やめないか」
「喧嘩したらダメだよ〜」
喧嘩をする四匹と、それを止めようとする三人のトレーナーを見て、Nは平和だとほほ笑んだ。
END