凄い五年生がいるんだ。
 尊敬する龍にそう言われ、稲葉は少し興味が湧いた。あの龍に凄いと言わせる小学生が、すぐ近所にいるのだから、興味が湧かないほうがおかしいというものだろう。
「いってきまーす」
 丁度、上院町の方に用事があったので、その小学生を一目見てみようと思った。
 龍が言うには、見ればすぐにわかるとのことだったので、稲葉は心を弾ませていた。
「えっと、極楽堂ってのは……」
 小学生と会うのも一つの目的ではあるが、一番の目的は極楽堂という所へ行き、薬を貰うことだ。稲葉の担任である、千秋に合いそうな薬がそこにはあるらしい。
 上院町にいる人間ならば、誰でも知っているような店だと言っていたので、その辺りにいる人に尋ねてみようと近くを見回すが、運の悪いことに近くに人影はなかった。
「……どうすっかなー」
 頭をかき、足を進めていくと、非行に走っていることがカッコイイことだと勘違いしているような中学生達が歩いてきた。
 ようやく見つけた人影ではあるが、道を尋ねれば面倒事になりそうだ。もう少し歩けば、活気のある商店街にでも出るだろうと、稲葉はため息をついて前へ進んだ。
「待ちやがれっ!」
 稲葉が中学生達とすれ違った瞬間、どこからか幼い声が聞こえた。
 まさかすれ違っただけで絡まれたのだろうかと思ったが、すぐ傍にいた中学生達も焦ったように辺りを見回している。その様子を見て、稲葉はふと疑問に感じた。
 どこからともなく声が聞こえれば、そりゃあ驚くだろう。だが、稲葉の目に映る中学生達は驚いているのではない。焦っているのだ。
「お前ら、直哉から金取っただろ!!」
 稲葉は声がどこから聞こえているのかわかった。稲葉と中学生達を囲む塀の上。そこにそいつらはいた。
 真ん中にツンツンヘアーのワルガキ。右側にお姉さん受けしそうな可愛らしい少年。左側にとても子供には見えないクールな表情をした子供。
「おにーさんは、ちょっとどいてて」
 稲葉の姿を瞳に映すと、可愛らしい少年は塀から飛び降りて稲葉の手を引いた。
「あ、あれは……!」
 慌てて言い訳をしようとしているが、クールな子供の一言で一刀両断にされた。
「言訳無用」
 表情を少しも変えず言い放った言葉と同時に、ワルガキが爆竹を投げた。
 爆竹の派手な音と、火薬の匂いが辺りに充満する。あの場に呆然と立ち尽くしたままだったときのことを考えると、稲葉はぞっとした。
「……ひでぇ」
 どうやら、あの中学生達がカツアゲをしていた罰らしいのだが、それにしても酷い。
「ったく。これにこりたら――」
「ほー? それはこっちの台詞なんだがなぁ?」
 腰を抜かしている中学生達の前に降りたったワルガキの台詞を、別の声が遮った。
「…………ミッタン……」
 ワルガキが一歩下がる。ワルガキの目の前にいたのは警官だった。
 ただし、本当に警官なのか疑いたくなるような人相の。
「あの……これは、こいつらが……」
 言い訳をしているが、警官はどう見ても聞いていない。
「てっちゃん!」
 クールな子供が何かを警官に投げつけた。
「なっ?!」
 投げつけられたのはチョークの粉がふんだんに入った煙玉のようなものだった。
 当然、辺り一面は真っ白になった。
「……なんで、こんな目に……」
 今日は厄日なのかもしれない。そう思いつつ、景色が戻るのを待つ。
 景色が元に戻った時、そこに子供達の姿はなかった。
「あいつら〜!」
 子供達に逃げられ、なおかつ制服をチョークの粉まみれにされ、警官の怒りは頂点にまで達しているようだ。しかし、あの子供達が爆竹を投げたのには、きちんとした理由がある。
「あの……」
 稲葉はそれを説明しようと思った。あの子達は確かに無茶苦茶だが、元はと言えばそのこ転がっている中学生達が悪いのだ。
「あぁ?」
 グラサンをかけており、より人相に迫力をつけている警官の迫力に、思わず稲葉は一歩下がった。が、ここで引いてしまってはいけないと思い、自分を奮い立たせた。
「そこの中学生達が先にカツアゲをしていたんです。だから……」
 言ってから稲葉は気づいた。確かに、目の前に転がっている中学生達はいかにもという風貌だが、実際にカツアゲをしているところを見たわけではない。
 言いよどむ稲葉を見て、警官はタバコをとりだし、火をつけて言った。
「わかってるよ」
 その言葉には重みがあった。
 本当にあの子供達のことをよく知っているのだという重み。
「あいつらはワルガキだけどよ、筋はきちっと通すからな」
 お前らも、もうカツアゲなんてすんじゃねーぞ。と、転がっている中学生達に釘を刺す。
「はい…………」
 あの子供はこの警官を見て怯えていたが、それはきっと悪戯をしているところを親に見られた時の反応と同じなのだろう。
 そこで稲葉は思い出した。
「あの、極楽堂ってどこですか?」
 ここにきた目的。
「…………極楽……。ああ、地獄堂のことか」
「え? いや、極楽堂なんですけど」
「この辺では地獄堂ってんだよ」
 そう言って笑う警官の顔は、どこか愛嬌があるように感じた。
 人相の悪い警官に案内された場所は、確かに『極楽』というよりは『地獄』というような雰囲気だった。傾いた店に、人体模型。この店の店主は中々に悪趣味らしい。
「すみません。送ってもらちゃって」
 わざわざここまで送ってもらってしまい、申し訳なさそうにしている稲葉に、警官はニヤリと笑った。
「いやぁ? オレもここに用があったしな」
 何かを企んでいる子供の顔だった。
 店のドアを警官が開けると、そこには先ほどの三人組がいた。
「やっぱりここか〜!」
「げっ! ミッタン」
 慌てて奥へ逃げようとするワルガキの襟を引っ掴んで、自分の方へ手繰り寄せた。
「ったく。お前らは……。人に爆竹投げんなってーの」
「う〜」
「でも、あれは――」
「わかってんだよ。んなことは!」
 三人を捕まえ、説教をしている警官は、本当に子供達と仲が良い。子供達は警官の言うことを受け止め、警官は子供達のことを本気で心配している。
「ひっひっひ……。で、何が欲しい?」
 どたばたしている四人の向こうに、店の店主はいた。
 この胡散臭い店よりも胡散臭く、気味の悪い主人だった。
「えっと、あの……」
 何とか欲しい薬を伝えると、主人は引き出しの中から薬を出してきた。まるで、こうなることを昔から知っていて、あらかじめ用意されていたような。そんな感覚。
「ほれ」
「ありがとうございます……」
 二人がそんなやり取りをして、三人組の一人が稲葉に気づいた。
「あ。あの時いたおにーさん」
 可愛い顔をした少年が稲葉に近づく。
「リョーチン、知りあい?」
「馬鹿。さっき、中学生の横にいた人だよ」
 ワルガキの疑問に、クールに答える子供。
 さっきは色々ありすぎてよくわからなかったが、今ならわかる。子供達のまとう雰囲気は、他の者とは違った。
「お兄さんも能力者だよね?」
 囁くようにクールな子供は言った。
 小さく頷くと、ワルガキは嬉しそうに笑う。
「オレはてつし。そいつが椎名で、こっちがリョーチン!」
 パッと見、三人はどこにでもいる子供だった。だが、確かに何かが違っていた。
 彼らの凄さは稲葉にはよくわからなかった。いや、本当の凄さというのは、普段はわからないのだろう。ただ、一つだけ確かなことがあった。
「オレは稲葉夕士。よろしく」
 目の前にいる三人と、仲良くなりたい。


END