成り行きで旅をすることになり、得たものは力と仲間だった。
いつも騒がしい仲間達に囲まれ、ルカは自分の影がさらに薄くなっているように感じている。メンバーの中で唯一普通の人間であるルカは遠い目をした。勇者に魔王に学者。こんなパーティは見たことがない。
幼い頃に読んだ本には勇者が勇猛果敢に魔王を倒す姿が描かれていた。ルカはそんな姿に憧れをいだいていた。男の子ならば誰しも世界を救う英雄になってみたいと望むものだ。成長するにつれ、憧れは消えていき、自分という存在の希薄さに気づいた。
あらゆるものを諦め、このまま平凡に死んでいくのだろうと思っていた。けれど現実はめまぐるしく回る。
まさか自分が魔王の子分となり、偽魔王を倒していくなど誰が想像できただろうか。
などという現実逃避をしていると、後ろの喧嘩が激化していた。ロザリーのスタンが繰り広げる低レベルな口喧嘩に、他の魔王が口を挟み、キスリングまでもがそれに参戦している。こうなってしまえば止めることなどできない。せめて自分が巻き込まれないことを祈るだけだ。
「ええい! 子分、お前もビシッと言ってやらんか!」
願いも虚しく、スタンは容赦なくルカを巻き込む。
いつものくだらない口喧嘩など、耳を通り抜けていたとは口が裂けても言えない。とりあえず、新しく仲間になったエプロスに助けを求め、目線を向けてみる。ルカの視線を受けたエプロスは小さく微笑み、答えはキミが決めるべきことだろうと告げる。
その言葉だけで、喧嘩の原因がわかった。
つまりは、最後の決戦後、ルカを解放するかどうかだ。スタンは子分を逃がすつもりはないといい、ロザリーさんはそれに怒りを燃やす。
本人からしてみれば、そのときにならなければわからない。というのが本音だ。旅を始めたころは一刻も早く自由になりたいと思っていたが、今となってはこの騒がしい生活も悪くないと思っている。
いつかまた、一人になる日がくるのかと思うと、心が痛むほどだ。だがこの旅は必ず終わらせる。マルレインのためにも。
「えっと……」
言葉が思いつかない。
「ルカ君! ハッキリ言っていいのよ!」
迫ってくる二人に、曖昧な笑みを返す。
そうすれば意識はルカから、お互いへと変わってくれる。いつもの光景だ。
目の前で言い争う二人に眉を下げながら、ふと足元を見てみた。黒い影は具現化し、目の前にいる。不思議な光景ではあるが、胸が温かくなった。影は自分から離れることができない。スタンはルカからは慣れることができないのだ。
スタンがいれば、魔王達やロザリー、キスリングがいる。ここにマルレインがいれば、本当によかったのに。
「退屈はしないよね」
小さく呟いたが、その言葉を聞いた者は誰もいない。
ただでさえ影が薄いのだから、呟きが聞こえるはずもないことはよく知っている。
「子分!」
「え?」
聞き慣れた声で呼ばれて、顔を上げてみると黒い影が目の前にあった。驚き、地面に尻もちをついてしまう。
スタンは呆れたような顔をし、ロザリーは心配そうに手を差し伸べてくれた。
「ありがとうございます」
手を借りて立ち上がり、スタンに向きなおる。
「どうしたの?」
「うむ」
黒い影が何かを指差す。
「敵だ」
慌てて振り向くと、そこにはオバケ達がいる。
「早く言ってよ!」
叫ぶように声を上げ、剣を抜く。他のメンバーもそれぞれ戦闘態勢に入る。
剣を振り、オバケ達をなぎ払っていく。それほど強くはないが、数が多い。ルカはスタンに声をかける。これだけの数を相手にするくらいならば、多少体力は削られるがあの技を使ったほうがいいだろう。
「友情ブリザード!」
辺りの敵を一蹴し、その場に膝をつく。
この技は便利ではあるが、ルカへの負担が大きすぎる。
「木の実でも食っておけ」
スタンに促され、鞄に手を伸ばすが木の実は入っていなかった。
「大変! ルカ君はそこに隠れてて、すぐに買ってくるわ」
まだ元気のある他のメンバー達が町へ向かって走っていく。ここで待っている方が危険なのではないかと思ったが、スタンの存在を思い出して少し安心した。
あまり戦ってはくれないが、彼は強い。魔王をなのるだけのことはある。
「……子分」
いつものような調子にのった声ではなく、真剣な声だった。
少し大きな影を見上げてみると、スタンは黄色い目を向けてくる。
「お前は分類がなくなったらどうする」
考えたこともなかった。
「分類がないお前は影が薄い。
もしかすると、分類が消えた世界ではお前は今のお前ではないかもしれない」
目立つ存在になっているかもしれない。分類が消えた世界は自由なのだ。
「……わからないよ」
今と違う自分も、世界も想像できない。
静かに目を伏せ、始めてスタンと出会ったときを思い出す。
「スタンは今とは違うボクの傍にはいてくれないの?」
気がつけばこんな言葉が出ていた。小さな言葉だったので、どうせ聞こえていないだろうと思った。
「馬鹿が。お前は余の子分だろ」
返ってきた言葉に驚く。
「どうせ貴様はそう変わらんだろ」
フォローするような言葉に小さく笑った。
いつだってこの影だけは傍にいてくれる。
END