一体のメダロットが、メダロッターもなしに丘の上で座っていた。
「あんた、今年も来たのね」
一人の女性がメダロットに近づいていく。女性の手が握っている小さな手は、双子の娘と息子のものだ。
「アリカか……」
メダロットは少しだけ振り向いて女性を見た。
女性の名はアリカ。
メダロットの名はメタビー。
「ジャーナとリストもでかくなったな」
アリカと手を繋いでる子供にメタビーは眼を向けた。
二人とも首からカメラをぶら下げており、大きくなったらジャーナリストになると、意気込んでいる。
名前をつけたのがアリカだと一発でわかるとんでもないネーミングセンスだが、今のところ子供達は自分の名前が気に入っているらしい。
「ママぁ、このメダロットすっごく古いよ?」
三つになったばかりの双子の子供はこれで会うのは三度目だがメタビーを覚えていないらしい。
「このメダロットはね、メタビーよ。ママの大切なお友達のメダロット……」
アリカが悲しそうな瞳をしたと同時にアリカの夫が追いついてきた。
「ほら、パパと遊んでらっしゃい」
「「はーい!」」
子供達は楽しそうにパパの方へ駆けて行った。
「……あいつら、俺のこと古いつったよな?」
さすがに三歳児相手に怒鳴るほど幼稚な性格をしていなかったが、内心は怒り心頭だったらしい。
「まあまあ、子供の言うことじゃない」
アリカが苦笑いしながらメタビーを宥める。
しばらく沈黙が続いた。子供達とアリカの夫の声が遠くの方で聞こえるだけであった。
「あのさ……最近有名な野良メダロットって、あんたのことでしょ?」
アリカが切り出した。
「俺も有名になったな……」
「そりゃね。メダロッターのいない野良メダロットがいきなりロボトルをしかけてきて、相手をボッコボコにのしちゃうんだからね」
今は野良メダロットとなっているメタビーだが、昔はメダロッターがいたのだ。誰にも負けない最高の相棒が。
そのメダロッターの名前はイッキ。
メタビーと共に世界大会にでた実力者である。
メタビーとはメダロットとメダロッターというよりも、兄弟や親友という関係の方がしっくりとくる仲であった。しょっちゅうメタビーと喧嘩していた。もちろん本気ではないのだが。
時折、お互いが誤解しあい、本気の喧嘩をすることもあったが、よきパートナーであった。
「…………人なんて、いつ死ぬかわからないものよね」
「…………………………ああ、そうだな」
イッキは死んだのだ。
交通事故だった。
完璧に相手側が悪かった。飲酒・居眠り。まだ真っ昼間であったにもかかわらず、その男は酒を飲み、そのまま寝て運転していたのだ。
メタビーも間に合わなかった。本当に一瞬で、イッキの身体は宙を飛び、地面に叩きつけられ、メタビーが正気に戻った時、イッキの頭からは血が出ていた。
「殺してやろうと思った。……いや、今でも思ってる」
もう何十年も前の話しだと言うのに、メタビーの中には今でもその時の記憶は鮮明に残っているらしい。
イッキの葬式を終えると、メタビーは天領家を去った。どこかへ行こうと思ったわけでもなく、何か考えがあったわけでもない。ただ、イッキがいないと思うと、家にいる理由が、存在する理由が、全てが見えなくなった。
「あんた、装甲がボロボロじゃない……」
アリカがメタビーの装甲に手を伸ばした。
「触るな!!」
メタビーがアリカの手を払いのけ、銃口をアリカへ向けた。
「……恐くないわよ。そんな、ずいぶん前に弾がきれたガトリングなんて」
アリカの眼は鋭く光っていた。
「……。俺はパーツを変えるつもりはない」
「直すつもりもないんでしょ?」
アリカがあきれたように聞くと、メタビーは黙って頷いた。
イッキが買ったパーツ。
イッキが整備してきたパーツ。
それを他の人間、それがたとえ昔ながらの友人であったとしても、触らせることは出来なかった。
「あんたって、壊れたいの?」
「……そんなことはない」
多少の間があったとはいえ、否定はするメタビー。
「ふーん。まあいいけどね。毎年ここで会うけど、今年は特にボロボロだと思ったから」
毎年、イッキの命日の前日にメタビーもアリカもこの丘にくる。イッキが好きだった丘へ。
命日にはお墓へ行くのだが、なぜか命日の前にここにきたくなるのだ。
「ところでさ、何でそんなにロボトルするの?」
「ロボトルは好きだからな」
「本当にそれだけ?」
アリカがメタビーに詰め寄る。アリカの迫力に押され、メタビーは少しでもアリカとの距離を保とうとする。
「…………ロボ……とき………の…………える……」
メタビーが小さく何かを呟いた。
その声は言うのが恥ずかしいからとか、そういう意味の小ささではなく、言葉にしずらいという意味の小ささであった。
「え?」
「ロボトルをしてるとき、イッキの声が聞こえるんだ……」
「………へぇ…」
メタビーの予想に反して、アリカの反応は薄かった。
「驚かねぇんだな」
「そりゃね。あんた達ならアリでしょ、そういうの」
アリカがあまりにも当然のようにいうので、メタビーは嬉しかった。イッキとの絆はこんなに離れていても繋がっていると証明してくれる人がいたから。
「どう戦えばいいのか的確に指示してくるんだぜ? あいつもロボトル好きだよな」
「あんた達は似たもの同士だからね」
「……そうだな」
空を見上げたメタビーは、ふと思ったことをアリカに尋ねてみた。
「なあ、メダロットも死んだら……っていうか壊れたら天国にいくのか?」
「はあ?」
メタビーの質問があまりにも意外……というか突拍子もないことだったので、気の抜けた声が出た。
「もし、俺が壊れたとき、あいつの所に行けんのかなーって思ってさ」
メダロットに表情はないが、メタビーが人間なら今にも泣きそうな顔をしているだろうことをアリカは知っていた。
「天国に行けるかなんて知らないわよ」
「……」
「でも……」
「?」
「あんた達なら、また会えるんじゃない?」
END