アバロンに帰った皇帝一行はそれぞれ自由行動に入った。また何かあったときは召集されるが、それまでは個人の自由に動いていい。ただし、皇帝に使えている身なので、自由と言っても城での仕事があったりする。
 とりあえず、旅の疲れを癒すために眠る者。次に備え防具を整備する者。それぞれ思うがままに動いた。中には早速酒場に乗り込んだ者までいた。
 その者の名はマゼラン。
「おーい。マスター。今日は貸しきりだ!」
 入ってくるや否やそう宣言したマゼランはまだ準備中の酒場でビールを頼んだ。
「はいはい。わかってますよ皇帝陛下」
 マゼランは一仕事終えると必ずこの店に来ていた。どうやら何代も前からこの調子らしく、この店のマスターは代々皇帝陛下の相手をするのが当然になっていた。
 今では皇帝陛下の扱いならばその辺の臣下よりも上手い。
「今回もスゲーぞ! また七英雄を倒してやったわ!」
 無邪気な子供のように己の手柄を語る皇帝。マスターはそれを優しい目で見ていた。マゼランが自分の手柄を語っている間はまたほろ酔い程度。バーに来たマゼランはほぼ100%泥酔するまで飲む。
 泥酔し始めたころから、マスターの楽しみと苦難は始まるのだ。
「おいマスター! ビール!!」
「はいはい」
 マゼランは基本的にビールを好む。そのためか、このバーには大量のビールが常に保管されている。マゼランは見た目通り酒に強い。強いのだが、自分の許容量を軽くこす量の酒を飲むのだ。
「おい…ひっく……聞いてっかぁ?」
 凄まじい速さで凄まじい量のアルコールを摂取したマゼランは段々と呂律が回らなくなってきた。もうそろそろ始まる。そう睨んだマスターはさりげなく椅子を近くに持ってきた。
「俺は……皇帝には、向いてねぇ……のかも、な」
 ぽつりと呟いた。始まるのだ。皇帝マゼランの愚痴が。
 皇帝と言えども、元を正せばただの人間。たまには愚痴の一つも言いたくなるだろう。始めはそう受け取っていたマスターだが、回数を重ねるうちに、違う思いが芽生え始めた。
 そう、まるで親が子を見守るような暖かい気持ちが芽生えたのだ。
「そんなことはありませんよ」
 実際、マゼランはよくやっている。七英雄を二人も倒した功績は大きい。
「……でも、よ……」
 マゼランは酔うと途端にネガティブになるタイプであった。ひたすらマスターに愚痴を零し続ける。
 何故、自分が皇帝になってしまったのか。何故、誰も傷つかずにすむように戦闘を進められないのか。ひたすら自分を責め続ける。
「……あなたは、立派ですよ」
 マスターはいつも通りの言葉をマゼランにかけることしかできなかった。
「…………」
 そしてマゼランはいつものように沈黙を返す。
「ヘイマスター」
 貸しきりの札を出していたにも関わらず、平然と店の中に入ってきたのはマゼランの部下であるロナルドであった。
「おや? 陛下?」
 テーブルに伏しているマゼランを見つけたロナルドはその隣に座った。
「あの……今日は貸しきりで……」
 マスターがおどおどしながら言ってみるが、ロナルドは聞く耳を持たない。マスターの言葉を受け流してマゼランに話しかけている。
「陛下も人が悪いですネー。ワタシ達も誘ってくださいヨ。あっ! マスター。ワタシにもビールくだサーイ」
 ロックブーケの一件で、『陛下がいないほうが楽』事件がどうにか水に流され、安心しきっているロナルドは気楽にマゼランに話しかける。
 現在のマゼランがどのような状態にあるのかなど、ロナルドは気にもしないのだろう。
「……陛下?」
 いくら話しかけても一向に応答する気配を見せないマゼランに、さすがのロナルドも不信感を覚えた。
 普段のマゼランならば、最低でも『うるさい』くらいの言葉は言ってのけるはずだ。今のマゼランには覇気がまったく感じられない。
「あの……できれば、そっとしておいて……」
 マスターがそれとなくロナルドに言ってみようとしたが、それは他ならぬマゼランによって遮られた。
「オレ様にかまうな……。死んでほしいような奴とプライベートでも付き合う必要はないだろ」
 自虐的に呟くマゼランをロナルドは呆気にとられたような目で見、さらにため息までついた。
「あなた、本当に馬鹿デスネー」
 いくら自虐的な言葉を吐いたマゼランとは言え、人に『馬鹿』と言われて喜ぶような性格はしていない。マゼランは先ほどまであれほど自虐的になっていたとは思えないほど鋭い目つきでロナルドを睨みつけた。
 そんなマゼランの目をまったく気にせず、ロナルドはマゼランの耳を引っ張った。
「ワタシ達が、一緒にいるのも嫌な人の下に、つくとでも、思ってるんデスカー?」
 ロナルドの言葉にマゼランは怪訝そうな表情を見せる。
「少なくともワタシは、気に入らないヒューマンの下につくぐらいなら、帝国に命を狙われる方を選びマス」
 はっきりとしたその口調を聞いて、マゼランは仲間達の顔を思い浮かべた。
 どいつもこいつも誰かの下につくようながらではなく、自分の道を歩いているという感じだ。マゼランと共に旅をしていてもそれは変わる気配を見せない。
「尊敬はしてマセン。バット、あなたが嫌いということもありマセンヨ」
 いつもとは違う真剣な口調。
 マゼランは笑顔のロナルドを見上げた。この男にこれほどまで好感をもったことはないだろう。
「…………」
 呆然とロナルドを見つめているマゼランをマスターは見る。今までこんな表情のマゼランは見たことがない。
 長い時間、マゼランの愚痴を聞き、慰めてきたマスターにはできなかったことをロナルドは簡単にやってのけた。それがマスターには少し、羨ましかった。
「……飲むか」
「OH! いいデスネー」
 それから二人はさらにビールを頼み、朝方まで飲み明かした。

END