分類から外れてしまった人達の町を抜けると、そこは知りもしなかった世界が広がっていた。
この世界のことを知らなかったころは、考えることなどしなかった。それはとても楽で、とても幸せなことだった。影が薄いと言われることも受け入れていた。けれど、今となってはそれら全てに違和感を感じる。
誰かの意見を聞くことも、意見を言うこともできるようになった。それが本当の楽しさだと知った。ずっとこうしていられたらと思う。
「どうしたのだ?」
新しく足を踏み入れた町の端に、ひっそりとたたずむ墓の前でルカは立っていた。一言も発せず、ただじっとその墓を見ている。不審に思ったスタンが話しかけると、悲しげな瞳を向けられる。
片膝をつき、墓標に刻まれた文字を指で追う。
『だれかの先祖のものとして反応せよ』
誰の名前も書かれていない、無感情な言葉だ。
「あら、旅の人どうなさったの?」
前を通りかかった町の人が声をかけてくる。
何も知らないこの町の人々は、誰も疑わないし考えることもない。
「……いえ、このお墓にはどんな人が入っているのかなと」
小さな声で言ったが、何とか相手に声が届いたらしい。町の人は少し首を傾げて何かを考えるが、すぐに無邪気な笑みを浮かべる。
「誰かのご先祖様よ」
この町はずさんだ。
吸血魔王のためだけに作られ、無垢で警戒心のない人間という最低限の役割しか与えられていない。この町もまたそうなのだろう。ルカ達が住んでいた町や世界はもっと精密に作られていた。精密につくられ、長く続けられてきていた。
新しく作られたばかりの人達は、一体誰から生まれてきたのだろうか。ご先祖様も、身内も、まだ誰一人として死んでいないのに、こうして墓が作られている。
分類を知ってしまったルカからしてみれば、それはとてつもなく奇妙なことだった。
そんな場所からは早く立ち去るべきだと告げ、町の人は去って行く。ルカはその背中を見ながら、スタンを小さく呼ぶ。どれだけ小さな呟きでも、聞き漏らさぬ主人は足元の影から姿を現す。
「どうした」
「スタンは世界征服するんだよね」
何を今さらと言われる。薄い影の存在のくせに、スタンは感情表現がルカよりもずっと上手い。
「こんな正しいだけの世界、作らないでね」
間違いのない世界だ。全てが整列してて、右へ倣えの立ち位置。
ルカ達は旅をしてきて、間違いも犯した。喧嘩もするし、意見が食い違うときも多々ある。それはきっと正しくない。
「魔王が征服する世界だぞ。余が絶対だ! 正しさは余にあるに決まっているであろう」
全ての世界がスタンの意思のまま、正しくなるのだとすれば、きっとそれはルカの望むような世界になるだろう。
みんながそれぞれの意思を持ち、意思のままに生きていく。そんな世界を見てみたい。
「うん。それでいいよ」
小さく笑う。ルカが感情を表に出すのは本当に珍しい。思わずスタンは目をみはる。
「……よくわかってるではないか!」
影の身で頭を撫でる。すり抜けそうなものではあるが、魔王の力なのか、すり抜けることなく乱暴に頭は撫でられる。
ルカは片目を開けて墓地を見た。何も入っていない墓地だが、墓石だけはいくつもある。このこの隔離された町はこれからどう変わっていくのだろうか。自分達がベーロンを倒せたならば、何か変わっていくのだろうか。
すべては憶測にすぎない。未来なんて誰にもわからない。
もしかすると、創造主を失えば世界が消えるという可能性もある。その可能性に気づいているのが自分だけということにルカは気づいていた。元々、分類からはずれていたからこその思考なのだろう。
「そろそろ行こうか」
「おお。あのベーなんとかをコテンパンにしてくれるわ!」
ペラペラの両手を振り回す。これから最後の決戦に向かう。スタンが本来の力を取り戻すために、分類の力から逃れるために。
「ねえ、ロザリーさんともう少し仲良くしてよ」
「あいつが跪くのなら考えてやらんでもないがな」
「もう……」
戦いの最中に喧嘩でもされた日にはたまったものではない。間に挟まれてしまうルカは二人を止めなければならない上に、敵の攻撃を避けなければならない。時にはリンダが喧嘩に混ざってくるので、さらに性質が悪い。
一つため息をつきながら、仲間達と合流する。
目指すはただ一つ。世界図書館だ。
END