桜町小学校に転入生がきた。
 鈴木の受け持つクラス。チエコやゴローがいるクラスであった。
「始めまして。ロウタです」
 転入生はぺこりと頭を下げて挨拶をした。礼儀正しそうな子ではあったが、どこか近寄りがたい雰囲気であった。もしかすると、それはロウタが東京からきたからかもしれない。
 どこか気取ったところがあるように見えてしまうのだ。
 東京から北海道まできたということに『落ちぶれた』と思って、捻くれている顔そのものであった。
 ゴローはその表情をよく知っていた。捻くれたその表情は昔の自分そのものだった。
 超能力者であるチエコはロウタのそんなオーラをびんびんに感じていた。
「私も昔はあんなのだった」
 チエコが小さく呟いた。
 超能力が使えたチエコには様々な悲しみも引き寄せた。町を追われた過去がある。母を悲しませた過去がある。自分の力を恨んだときもあった。
 でも、今は違う。誰かを守れるこの力を誇りに思っている。誇りに思えるようになったのは、あの猫たちと会ってからだ。
「じゃあ、里子、カズマ。学級委員だからな。中心になって色々教えてやれよ」
 チエコが転入してきたときと同じことを鈴木が言うと、ロウタは密かに眉を顰め、小さくため息をついた。
 こんな田舎者に教えてもらうことなど何一つないと言わんばかりのその仕草。チエコは久々に超能力を使って恥をかかせてやろうかとも思ったが、さすがにそれは不味いかと考え直す。
 もう、昔の自分のように簡単に超能力を使ってはいけない。
 この力は誰かを守るためのものなのだから。
 学校が終わったあと、ロウタは町を案内された。
 以前のチエコと同じように特に代わり映えのしない街並みをゆっくりと歩いていく。
「あれがつぼ八よ」
 里子たちはロウタが返事をしようがしまいがお構いなしに先へ進み、勝手に喋っている。ロウタが面倒くさそうにだらだらと歩いていることも、紹介された建物もろくに見ていないことも気づいていない。
 里子とカズマにつきあって、一緒に歩いているチエコはその様子に苛立ちを覚えた。
「ちょっと、きたくないなら帰ればいいじゃない」
 正直にチエコがいうと、隣でゴローも頷いた。
「別にきたくないわけじゃないさ。ただ、面白いものも変わったものもないと思ってただけだよ」
 確かに桜町はどちらかといえば田舎の方かもしれない。車も少ないし、豪華なビルが立ち並んでいるわけでもない。だが、面白いものならば山のようにある。
 面白いものの一つが動き出した。
 少し離れた場所から何かが崩れる音がした。
 すでにその音に慣れつつあるチエコたちもそちらを振り向く。もちろん、この音にまったく慣れていないロウタはかなり驚いていた。
 崩壊と破壊の音にもう一つ面白いものが動いた。
『あー。あー。こちらは民間自衛隊である』
 ヘタレで名高い民間自衛隊である。
 その指揮権の殆どをまったく関係のない者に奪われており、特に役にも立てない姿はヘタレそのものである。
「民間……自衛隊……?!」
 ごくごく平凡なところには民間自衛隊などというものはまず存在しない。
 次々に現れる面白いもの。
 しかし、ロウタにとってそれは面白いものではなく、異様なものであった。
「……不味いかな?」
「不味いかもね」
 里子とカズマが顔を見合わせて言う。だが、言っていることとは裏腹に、表情には笑みが浮かんでいた。まるで、この事態を待ってましたといわんばかりである。
 チエコとゴローは里子とカズマの笑みの理由を知っている。だから同じように笑っている。
 カズマがロウタの腕を掴んで走りだす。と同時に、チエコたちも走り出した。
 向かうのはもう一つの面白いもののところ。
 あそこへ行けば、きっと何とかしてくれる。そして他の面白いものも集まってくる。
「何処に行くんだよ?!」
 何も知らないロウタはただ引きずられて行くばかりであった。
 行き着いた先は少しばかり趣のある一軒の家であった。チエコたちは何の断りもなく敷地に入り、縁側の方へまわる。
「お、おい……」
 これは不法侵入ではないのだろうかとロウタが冷汗を流していたが、誰もそんなことを気にしない。
「クロちゃーん!」
 里子とカズマが叫ぶ。
 まるで猫のような名前だとロウタは思ったが、次の瞬間にはその考えは訂正された。
 猫のような名前ではない。猫そのものがそこにはいた。
 それも、名前の通り真っ黒な黒猫。
「お前らもきたのかよ……」
 黒猫はあきれるような口調で言いつつため息をついた。
 猫の前にはしょんぼりとしているおっさんと少年。そして見た目は猫だが、その表面はどう見ても生物ではないものがいた。
「おい、家を壊すなよ?」
 家の奥から出てきたのはまたしても猫。こんどはトラ猫であった。
 一体この町はどうなっているのだろうかとロウタは本格的に混乱し始めた。
 突如壊れる建物。民間自衛隊。喋る猫二匹とネコっぽいロボ一体。
「あの黒いのがクロ。機械そのものなのがミー君。そんで、トラ猫がマタタビ君」
「オイラだけ呼び捨てかよ」
 クロが思わずツッコミを入れる。
 その腕にはすでにガトリングが装着されており、これからあの破壊音の原因を倒しにいくのだろう。
「また剛さんたち何か作ったの?」
 里子が無邪気に尋ねると、すぐさま剛が目をそらす。作ったことは明白だというのに、まだしらを切ろうとしているところが剛らしい。
 どうやら、また失敗したらしい。コタローがしょんぼりしている様子から、コタローも何かしら関わっていたことも想像つく。
 異常事態だが、けっこう頻繁に起こることなので誰も何も言わなかった。
 だが、ロウタはこんなことが頻繁に起こっていることなど知らない。
「な、な、な……!」
 ようやく何か言葉を発することのできるまでに精神が回復したロウタにようやくクロたちが気づいた。
「誰だそいつ?」
「ああ、転入生」
 こんなのんびりとした会話のBGMは町の崩壊音。
「何でガトリングなんて――! 大体猫が喋るなんて――!」
 頭を抱えつつ叫ぶロウタの顔面をクロが蹴り上げる。ガトリングを撃たなかっただけ我慢した方だろう。
「何だ。このうるせぇの」
「だから転入生だってば」
 里子の言葉にクロは興味なさげに返した。
 じろじろと倒れているロウタを見る。
「普通だな。てっきりまたチエコみたいなのかと思ったぜ」
 拍子抜けしたようにクロが言うと、チエコが超能力をつかって近くにあった盆栽をぶつけた。
「あたしが普通じゃないっていうの?!」
「どうみてもそうだろ」
 クロが言ったとたんに、周りの物が浮かび、クロをロックオンする。
 場の空気を読み取ったのか、他の者はそそくさと退散して行った。
 クロもチエコの怒りを感じたのか、素早く塀の向こう側に逃げる。目指すは破壊音の中心。
 隠れていたミーたちもこっそりとその後をついていく。
 単に面白がっているだけなのか、破壊音の元を一緒に倒そうというのか、もしくはその両方か。
 そのどちらにしても、いつもと変わらない日常であることに変わりはない。
 彼らは思い思いに行動している。好きなことを好きなときにしている。
「非常識だ……」
 そう呟くロウタにとっても、この光景が日常になる日は近い。


END