モウイラナイ コンナセカイ イラナイ

 一年前に母親を亡くした亜莉子はこの世界に絶望していた。
 学校を変わった後、しばらくすると亜莉子の母親が人を刺したと噂が流れたのだ。それは事実ではあったが、伏せられていたものだ。
 亜莉子は人を刺すような女の娘で、被害者に引き取ってもらい面倒をみてもらっていると後ろ指を差された。
 辛くて、悲しくて。それでも亜莉子は気丈にしていた。自分の胸の中にいるシロウサギやネムリネズミ。女王様。彼らのことを思い出しては心の支えにしていた。いつも傍らにいてくれるチェシャ猫の首も彼女の心を支える大切な存在だった。
 しかし、ある日のことだ。亜莉子は武村が彼女の母親が自分を刺したのだという噂を流していた張本人だということを知ってしまった。
「どうして? 何故なの?」
 亜莉子は目からとめどない涙を流し続けた。悲しみは赤い海に変わるだろう。
 チャシャ猫は亜莉子の歪みを吸い取らない。なぜならアリスがそう望んだから。
「僕らのアリス……君を傷つけるだけの世界なら捨てておしまい?」
 チャシャ猫が誘う。しかし亜莉子は首を横に振る。
「ここが私の世界だから……だから全て失くすの。  そして……あの世界の住人をこっちに呼びましょ?」
 亜莉子は――アリスは壊れていない、これは防衛本能……歪んでなどいない。アリスが望むのならそれが正常。
 それがチェシャ猫の、彼らの真理だ。
「僕らのアリス――君が望むのなら」
 それがたとえ不可能なことでも実現させてみせよう。
 アリスとなった亜莉子は片手にナイフを持って町へ出る。赤いエプロンドレスを着たアリスは夜道を歩く人を切る。赤いエプロンドレスが血に染まる。
 体を戻したチャシャ猫はアリスと共に人を狩る。
 でも足りない 壊しても 殺しても 減らない なくならない。 「なら私達も手伝いましてよ? アリス」
 その声は鈴のようで、その声の主は愛らしい姫様のよう。唯一不似合いなのは、手にした大きな鎌だけだ。
「女王様……みんな……」
 アリスが呟くと女王様やアンパン達。みんながアリスのために戦うと言ってくれた。
 彼女はそれが現実でも夢の世界でももうどうでもよくなってしまった。こちらの世界が亜莉子の生きる世界だった。しかし、今の彼女はアリスだ。どちらの世界にいてもおかしくはない。
 アリスは笑った。それはそれは幸せそうな笑みだった。
 そして、その夜、町の人間がいなくなった。
 始めは可愛らしいお姫様が笑顔でクビを刈った。
人々は恐怖した。警察が来てもその子は笑顔だった。アリスはその様子を笑って見ていた。
「アリスが望むのよ? 邪魔をしないで……」
 警官が息絶える。
 水達は人の周りに集まる。人々は地上で水死する。なぜかいるシロウサギも包丁で人を刺し殺す。
 攻撃力のない者達はアリスとおしゃべりタイム。
「アリス本当にいいのか?」
「いいのよ帽子屋」
「これもまた真実なのですね」
「そうねビル」
「アリス。うちの妻を知らないかい?」
「公爵夫人ならそのあたりで食べてましたよ?」
 誰もいなくなった町は何もない世界。
 誰か来たらまた排除しましょう。
 ここは歪みの世界。
 ここは何もない世界。


END