眠りから目覚めたラハールはいつも不機嫌であった。
いつものこととはいえ、眠りから目覚めるたびに八つ当たりされてはかなわない。
「殿下〜なんでそう不機嫌なんですか〜?」
エトナが聞いてみるが返事はいつも決まっている。
「オレ様が寝ている間、貴様らが仕事をサボるからだろうが!!」
実際、ラハールが寝ている間仕事はサボり気味になっているが、普段サボっているプリニーを見つけたときはここまで不機嫌になってないので、嘘をついているのは明らかである。
「殿下ったら素直じゃないわよね〜」
「ラハールさんももう少し素直になってくれたらいいんですけどね…」
殿下が目覚めて二日。この城でプリニーじゃない二人がコソコソと話す。
殿下は仕事中だから聞かれることはないだろうが、念のためだ。
「あっ!」
何かを思い出したように声を出すフロン。
「何? どうしたのよフロンちゃん?」
大して期待もせず、聞き返すエトナ。しかし、フロンから出る意外な言葉には驚くことになる。
「私、大天使様から素直になるお薬をもらったんですよ!」
「えぇ?! ちょっと、それを早く言いなさいよ!」
フロンの胸倉を掴みガクガクと揺らす。凄い力で揺らされているが、フロンももう慣れたもので、平気で話を続ける。
「いや〜忘れてましたよ。とってきますね!」
そう言って、どこかへ、おそらく教会へ駆けて行く。
しばらくすると、フロンは何か緑の液体が入った瓶を持ってきた。
緑色の液体は透明度が高く、飲み物に混ぜればラハールにばれることなく飲ませられそうであった。
「プリニー!何か飲み物を持って来い!」
いいタイミングでラハールが飲み物を所望した。
「陛下〜これどーぞ!」
エトナから差し出された飲み物は、普通のジュースに見えた。
ラハールはそのジュースを凝視しておかしな所がないか探ったが、特におかしな所はなく、自分に大抵の毒が効かないのを知っていたので、そのジュースを手に取った。
「中々美味いではないか」
本当に美味しかったのだろう。ご満悦な表情を浮かべる。
エトナは毒が効かないラハールにこの薬が効くのかどうか不安だったが、心配は要らなかった。
「じゃあ、あたし仕事しますね〜」
「待て」
薬の効き目を影からこっそり見ようと思っていたエトナをラハールが引き止める。
まさか薬のことがばれたのかと、少々ぎこちない動きでエトナは振り返る。
「ここにいろ」
「へ?」
ラハールの言葉に目を見開く。
「ここにいろと言っているのだ」
そう言うと、ラハールは部屋の奥から大きめのソファを引っ張り出してきた。
座れと言うかのようにソファを叩く。
「………」
始めは何が起こったのかと混乱したエトナであったが、薬のことを思い出すとこれがラハールの素直な気持ちなのだと知った。少し信じられない思いもあったが、そんなことは正直どうでもよかった。仕事をしないですむのならそれが一番いいに決まっている。
ただ座っているのも暇なので、本を読みながら次に来るであろうフロンをエトナが待っていると、予想通りフロンが部屋の扉を開けた。
「ラハールさーん!」
フロンが入ってくると、ラハールは仕事をしていた手を止め、フロンを見た。
「何だ?」
「え……と…」
まさか薬の効き目を確かめにきたとは言えないフロンはどうしようかとオロオロしていた。
そんなフロンの様子を見て、ラハールはため息をつく。
「まあいい、そこにいろ」
エトナが座っているソファを指差す。大きめのそのソファはもう一人ぐらい座れそうなスペースがある。
フロンは先ほどのエトナと同じように目を見開き驚いた。
「アレがラハールさんの本音ですか?」
「みたいね〜」
仕事中のラハールに聞こえない程度の声で薬の効果について話していた。
薬の効果で素直になったらしいラハールはどこかご機嫌な様子で仕事を進めていた。
「それにしても……なんでプリニーまで!」
そう、今現在では部屋の中に多くのプリニーがいるのだ。
フロンが来てからも、部屋に来るプリニー達にここにいるように命令していったのだ。部屋の面積の都合で今以上のプリニーを置くことはできない。
「…オレ様は寝る」
二日間仕事をしていたので、疲れがきたのかラハールは目をこする。
「…………………………」
ラハールは何か言いたそうにしているが誰も何も言わない。
「その……だな……オレ様の目が覚めたとき……オレ様の目に貴様らが全員映るように……オレ様の前に集まっておけ!!」
顔を真っ赤にして早足で寝室へ向かうラハール。
ラハールの姿が見えなくなると、エトナとフロンだけでなく、プリニー達まで笑い出した。
「殿下って……!」
「寂しかったんですね!」
目が覚めたときに誰もいないのがラハールには不満だったのだ。
本当に皆が自分のそばにいるのか分からなくなり、どうしようもなく不安になるのだ。
自分が寝ている間に父が死んだ。病で床に臥している間に母もいなくなった。プリニー達は赤い月が出るごとに消えていく。
目が覚めたときに誰もいないのは苦痛でしかなかった。
「次、いつ起きるんでしょうか?」
フロンはラハールの気持ちをしっかり汲み取った。
「明日の昼じゃない?」
エトナもラハールの気持ちは理解した。
「じゃあ、皆さんでおはようを言いにいきましょうか」
「そうね」
明日は気分のいい寝覚めになることは間違いなさそうである
END