少し前まではなかった日常がそこにはあった。
 イッキとメタビーと母の千鳥が並んで家族団欒を行う。昨日はそれがなかったことを思うと、イッキの心は不思議と温かなものになる。そして、この光景がごく普通の日常となっていたことに改めて気がついた。
 つまらないことで口論をしたりすることすら、いつも通りと言えてしまう。思わず口角を上げながらも、昨日のようなことだけは二度と起きてくれるなと心のどこかで願う。
「どうしたんだ?」
 風呂にも入り、後は眠るだけとなった状態のイッキがぼんやりと窓の外を眺めているのを発見し、メタビーが声をかけた。
「んー」
 緩慢な動作でメタビーの方を見る。今日の戦いで負った傷は粗方がすでに直されており、ボディは電球の光を反射している。
 出会った頃は、このボディを旧式で格好悪いと言った。今でも格好良いと胸を張って宣言することはできない。けれど、そんなことは関係ないと思えるのだ。
「ったく。ロボトルのとき以上に頼りない面してるぞ」
 口汚い言葉を吐きながらイッキに近づいたメタビーは、イッキの肩にかかっていたタオルを奪う。同時に、彼の腕を引き床に座らせた。
「しゃきっとしろ。
 あ、違うな。さっさと寝ろ」
 まだ水分の残っていたイッキの髪を乱暴に拭きながら言った。
 乱暴なその動作がイッキの心をくすぐる。一人っ子だったイッキには、こんな風にしてくれた誰かはいない。
「なー。メタビー」
「んだよ」
 髪の毛を拭かれながらイッキはゆっくりと紡ぐ言葉を考えていく。
「オレさ、昨日、悔しかった」
 メタビーの手が止まる。
 昨日。あの悪夢のような一日は、きっと彼にとってもそうだったのだろう。何も良いことがない日だった。喧嘩をしけ、決勝に負けた。互いの意地が悪いようにしか転がらなかった一日だ。
 こうして、再び同じ屋根の下で過ごせることがうそのようにすら思える時間だった。
「やっとさ、ロボトルができるようになったんだ。お前みたいなポンコツだけどさ」
「なっ!」
「でも」
 いつも通りの口論をしたくなくて、イッキはメタビーの声をさえぎる。
「昨日のオレは何もできなかった」
 メタビーが口を閉ざしたのは、声をさえぎられたからだけではない。イッキの手が固い拳を握っていることに気づいたからだ。負けたのは己だけではない。心はバラバラだったが、確かにアレは二人の負けだった。
 痛みを覚えたのも、苦渋を受けたのも二人だ。だから、メタビーにはイッキの嘆きが理解できてしまう。
「周りがみんな、メダロットと一つになって戦ってるんだ。
 そりゃ、負けたら悔しいだろうけどさ。オレは、オレ達はそれ以下だった」
 意地を張らなければ、どちらかが折れることができていたら。昨日のどの試合も、もっとまともに戦うことができただろう。メタビーにもそれはわかっていた。
 共に戦うからこそ、負けを次への糧にできる。
 バラバラだったなら、負けはただの負けにしかならない。
「前、オレにはお前しかいないって言ったよな」
「ああ」
 いつだったか、イッキはそんなことを言っていた。酷く自分勝手な台詞ではあったが、メタビーはその言葉を受けてメダルが熱くなるのを確かに感じていた。
 あの熱さは、一人では得られない。
「それは今でも同じだ。オレにはお前しかいない」
 メタビーは手を止め、イッキの言葉に耳を傾ける。
 ティンペットを買うことができないイッキは、「今は」メタビーしかいない。その事実が何故かメタビーを苦しめるのだ。メダルが熱を持つ。ロボトルのときに得る心地よい熱ではない。不快感しか生むことのない熱に、メタビーは心をどこに置けばいいのかがわからなくなる。
「たぶん、それはこれからもずっと一緒だ」
 静かに零された言葉。
 メタビーは目を丸くする。
「何でかわかんないけど、それでいいって思えるわけじゃないけど、きっとお前よりもずっと格好良くて強いメダロットがいるんだろうけど。
 でも、オレのメダロットはきっとお前しかいないんだ」
 静けさが残った部屋で、メタビーが言葉を発する前に、イッキが立ち上がる。
 何も言えずにいるメタビーの横を通り、ベッドにもぐりこむ。言いたいことを言って、後は何も受けつけたくないと逃げているようにも見えた。
「お、おい。イッキ!」
「うっせー。オレは寝る!」
「待てって!」
「邪魔すんな! ポンコツメダロット!」
「誰がポンコツだ!」
 いつも通りの口論をしながら、布団の中でイッキは小さく笑う。
 あんな恥ずかしいことを言ったなんて事実は、この口論で消えてしまえばいい。どんな言葉がなくなって、きっと自分達はこの先も一緒にいるはずだ。
 二人で一つのロボトルを行う装置。そんな風になっていくのだ。
「メタビー!」
「おっ!」
「次のロボトルも、その次のロボトルも……絶対負けないからな!」
「……当たり前だろ!」


END