天才科学者は錬金術師ではない。無から有を生み出すことはできない。
「あと、は……」
町に溢れるロボット達。その中に青い装甲を持つロボットがいた。
お手伝いロボットが多い中、そのロボットは戦闘用であり、ほんのわずかだが目立っていた。しかし、それはあくまでも珍しい範囲であり、恐れや疑いのたぐいではない。
「何故オレが……」
青い装甲のロボットの後を歩くのは、荷物を持たされている赤い装甲のロボット。どちらも原色であり、二人が並ぶと、戦闘用ということを差し引いても目立っていた。
「しゃーねぇだろ。これも任務だ」
彼らはいわゆる『悪の組織』のロボットであるが、今回は町の破壊を目的としたものではなく、純粋な買い物なのだ。
「だから、何でオレとお前なんだよ。こんくらいお前一人でもできるだろ」
文句を続ける赤いロボットに、青いロボットはいらただしげに口を開いた。
「急ぎでいる材料だからに決まってるだろーが。お前が材料を間違えて買ってくるようなことがなけりゃ、お前一人の任務になるはずだったんだ」
その言葉に赤いロボットは小さく唸った。
赤いロボットはクイックマンといい、スピード狂であり、落ち着きがない。そんな者に、大切な買出しなど任せられない。材料などに詳しく、なおかつ間違えて買ってくるようなマヌケなマネをしないのは青い装甲のフラッシュマンであった。
だが、今回の材料はすぐにでも必要なのだ。
「オレが買う。お前が基地に運ぶ。これで万事OKだ」
そう言って新しく買った材料をクイックマンに渡す。
「じゃあ早くしろよ!」
「粗悪品を掴まされたらたまったもんじゃねーだろうが」
ゆっくり吟味し、さらには値切りまで始めるフラッシュマンに、スピード狂のクイックマンは耐えられない。すぐにでも走り出したいというのに、時間だけが過ぎていく。
これが他の者だったのならば、今持っている荷物を持って基地に帰っている。後でまた戻ってくればそれでいいと考えているのだ。しかし、一緒にいるのは弟としてではなく、一人のロボットとして好きなフラッシュマンなのだ。できることならば、長い時間一緒にいたい。
フラッシュマンとは長くいたい。だが、一刻も早く走り出したい。そんなジレンマの中、クイックマンはイライラしていた。
「……ほら、これでも飲んどけ」
イライラしているクイックマンにフラッシュマンが投げ渡したのはE缶だった。
「あ、ありがとう」
フラッシュマンから貰った。その事実だけでクイックマンは胸が一杯になった。いつの間に自分はこんな乙女になってしまったのだろうかと考えるが、恋は盲目ということばをメタルマンが言ってたのを思い出したので、考えるのをやめた。
「別に」
フラッシュマンが素っ気ない返答をする時は、機嫌が悪いときか、照れているときだ。今回は後者だとクイックマンにはすぐわかった。
素直じゃない弟を持つと、兄貴は苦労するものなのだ。
「フラッシュ――マン?」
聞き覚えのある声が聴覚センサーに入ってきた。
会わない確率がなかったわけではなかった。だが、基地からもっとも近い都市はここしかなかったし、会う確率もかなり低かった。だから、会うわけがないと高を括っていた。
「ロックマン……!」
フラッシュマンが手に取っている物をロックも取ろうとしたのか、フラッシュマンの手の上にロックマンの手がある。これがもしも男女であったならば、いや、敵同士でなかったのならば、恋に発展しそうな展開ではあるが、残念ながら、敵同士の二人にはその展開はありえなかった。
「どうしてここにいるの? もしかしてまた悪いことしようとしてるの?」
眉間に皺をよせて尋ねてくるロックマンは完璧に戦闘モードに入っている。
「いや……今回は違う」
どす黒いオーラを放っているロックマンに怯えつつも、フラッシュマンは否定した。今、ロックマンと戦えば、せっかく買ったものが壊れてしまう。自分達の懐はそれほど暖かいわけではない。
「…………」
ロックマンは黙ってフラッシュマンに銃口を向けている。信じてくれているのか、くれていないのかはわからない。
「こんなところで戦うのか?
オレ達はいいぜ? でも……町のヤツラはそうはいかねーんじゃねぇの?」
挑発が得意なフラッシュマンはロックマンを挑発するが、全てハッタリだ。
今、戦闘をすれば自分達も困る。
「君達が無抵抗で殺られてくれれば問題はないよ」
仮にも正義の味方の言葉とは思えない。フラッシュマンはこの状況をどう乗り越えればいいのか必死に頭を働かせていた。
戦うとすれば、二対一でフラッシュマン達の方が有利なように見えるが、実際のところはロックマンの戦闘力の高さが半端ではないので、五分五分。下手をすれば四分六分でフラッシュマン達の方が不利だ。
「やっちまえばいいじゃねーか」
兄弟の中でも高い戦闘力を誇るクイックマンはすでに戦闘モードに入っている。フラッシュマンも戦うのは嫌いではない。むしろ好戦的な性格をしているが、能力のこともあって頭脳戦を得意としている。
ロックマンとの戦いは戦闘馬鹿の兄に任せておきたい。
ここから逃げ切る武器は確かにある。フラッシュマンの持つタイムストッパーを使えば、人混みに紛れて逃げることもできるだろう。だが、それを実行するにはクイックマンが邪魔だった。
兄弟の中で唯一フラッシュマンの武器でダメージを受ける兄。それがクイックマンなのだ。
「…………フラッシュ」
フラッシュマンの様子を見ていたクイックマンは、フラッシュマンの手を掴んだ。
「走るぞ!」
何よりも速いロボット。その思いにより生まれたクイックマンは走りだした。その速さに追いつける者はいない。それは、フラッシュマンも同じなのだ。
「ちょっ……!」
とてもではないが、クイックマンと同じ速さで動くことはできない。足の回路が焼き切れそうになる。
「ったく」
慌てふためくフラッシュマンの様子に、クイックは微笑み、フラッシュマンを抱き上げた。いわゆるお姫様だっこという形で。
「へっ?! まっ……! ちょっ……」
顔を真っ赤にしているフラッシュマンを見るのは楽しかった。
「大体の物は買ったんだろ?」
「え……? あ、ああ」
「じゃあ帰るぞ」
このまま買い物を続けて、ロックマンにやられたのでは意味がない。
クイックマンは基地に向かって真っ直ぐ走った。
ようやく走れたという喜び。フラッシュマンを抱きかかえているという喜び。顔を真っ赤にしているフラッシュマンを見れるのは自分だけだという優越感。
せめて持ち方を変えろだの、そろそろ降ろせだの文句を言っているフラッシュマンを無視して、クイックマンは鼻歌交じりに帰っていった。
END