グリードと体を共有するようになってから、不便なことは多々ある。自分の意思で自分の体を操れなくなったり、食べたい物が食べられなかったりといったことがリンの思う不便なことだ。
そしてもう一つ。リンはグリードの中で夢を見る。それはきっと、本人の知らぬ夢だ。
「よぉ」
「……またカ」
真っ白な空間にいつも一人の男がいる。短い髪を立てたその男の左手にはウロボロスの印がある。始めてこの夢を見たとき彼はグリードと名乗った。
「オレと今のグリードが混ざるまでは我慢しとけ」
ケラケラと笑うその姿はリンの知るグリードとは結びつかない。
彼はリンと体を共有するグリードが昔の自分と今の自分を引き離そうとするがために現れたらしい。夢を見ない人造人間に代わり、人間であるリンがこの夢を見ているらしい。何とも迷惑な話だった。
夢を見るとは言っても、リンは何もしないし、彼が何かを語ることもなかった。他愛もない世間話をするだけだ。グリードの知らない国のことをリンが話す。彼はそれを黙って聞いていた。
「お前は明日がくると思うか?」
グリードの方が質問を投げかけたのは始めてだった。
「……そりゃくるでショ」
明日は平等にやってくる。太陽は必ず昇ってくる。
当然のことを答えると、乱暴に頭を撫でられた。
「お前にとっての明日は、もうやってこないかも知れないぜ」
悲しそうな瞳をしていた。
夢の中とはいえ、普通に会話をしていたため忘れてしまっていた。彼は確かに明日を失っているのだ。全てを失ってもまだその意識だけが残っている。残酷な時間が流れるばかり。
「グリード」
立ち上がり、グリードの頭を優しく抱きしめてやる。
体温も何も感じないが、彼が身を固くしたことはわかった。
「寂しイ?」
「……んなわけねーだろ」
否定の力はよわかった。
「そウ」
自分なら寂しい。リンは呟く。誰もいない世界で、何も作り出せない世界で、二度目の死を待つのは寂しい。それこそ、別の誰かを呼びたくなるほどの寂しさだ。寂しくてもいいと優しく告げる。再び否定の言葉が返ってくる。
返事が否定の言葉でもいい。思いを伝えられたということが大事なのだ。
「今のグリードはオレが幸せにしてあげるヨ」
「羨ましいねぇ」
体を共有して、一国を治めると言えば、小さな強欲だと言われる。やっぱり世界が欲しいのかと尋ねると、少しの沈黙の後、違うと返された。本当に欲しいものはきっとそれじゃないと彼は知っている。
本当に欲しているものを、今のグリードは知らないだろう。
「お前がそれになってやれ」
ただ一つ。唯一それがあればいいと思えるものにリンがなればいい。そうなれたのならば、きっと世界中の誰よりもグリードは幸せになれる。
昔のグリードはそれを持っていたのに、気づくことができなかった。明日気づけばいいと、いつも思っていた。平等でない明日が、当たり前のように自分にもまたやってくると信じていた。
「信じるなんて馬鹿のすることだぜ」
腕の中で笑うその表情が、泣き顔に見えた。明日がこなかったことを嘆いているように見えた。
「明日はこないかもしれないネ」
だからあなたも大事にしたい。リンは腕に力を込めた。
目の前にいるグリードの明日はもう二度とこないかもしれない。簡単に明日はそっぽを向いてしまう。
「オレは忘れないヨ」
例え明日がこなくても、覚えていてあげる。
消えるときは三人一緒だ。二人の強欲と一人の皇子。運命共同体。
「いや、オレの明日はもうこなくてもいいよ」
新しいグリードの幸せを半分貰うのは申し訳ない。強欲な彼は半分では満足しないだろう。リンの中にある全ての感情を欲するに決まっている。自分自身だからよくわかる。
吹っ切れたようなグリードとは違い、リンは少し悲しそうだった。今まで夢の中で会ってきた人物が消えるということを考えるのは切ないらしい。グリードはリンの背中に腕を回す。親が子にするように背中を優しく叩いた。
長い時間を生きてきた大人の余裕というものを感じる。
「そんな顔すんなって。ドルチェットみてぇだな」
始めて聞く名前だったが、深くは聞かなかった。その名前の主がグリードにとって大切なものだということと、その人物と自分が似ていたということだけがわかればそれでいい。
「なラ、グリードはオレのこと好きカ?」
「新しいオレはきっと好きになるぜ」
目の前にいるグリードは好きになってくれないらしい。
好きになってくれないのではなく、一番好きな人物はすでに決まっているのだろう。
「そうか。よかっタ」
心の中にある愛情すべてを向ける相手が、同じ思いを返してくれるのならばそれ以上のことはない。
END