夜兎として生きるということは、戦場に身を置くということと同意義だ。
「…………阿伏兎?」
 あらかたの敵を殺し終えた神威は背後に、一つの気配を感じた。共にやってきた阿伏兎だろうと考えたが、すぐに気配が違うと思い直す。阿伏兎でないならば敵だ。
 神威は新たな敵にゾクゾクしながら振り返った。
「――――そ、れ」
 これからの戦いに心を躍らせていた神威は、一瞬にして凍りついた。神威の背後にいた男は、夜兎特有の白い肌と傘を持っていた。だが、そんなことは神威にとってはどうでもいいこと。問題なのは、男が右手に持っている首。
 神威のよく知っている顔がそこにはあった。
「こいつには苦労させられたよ」
 そういう男の肉は所々削げており、戦闘がいかに激しかったのかがわかる。
「また、阿伏兎の悪い癖がでたんだね」
 悲しげにそう零し、神威は男の前から消えた。男が次に神威を見た時、神威は阿伏兎の首を大切そうに両手で抱えていた。そして男の目の前は真っ暗になった。
「同族だから、手加減したんだね」
 弱い奴に興味はないとあれほど言ったのに。手加減して死ぬようなマネはするなと言い聞かせていたのに。
「オレが殺す予定だったんだけどなぁ」
 神威は心にあったものが消えていくのを感じていた。
 心から何もかも消え、空っぽになっていく。
「交渉もお前がいないと困るんだ」
 阿伏兎の顔はいつも通り面倒くさそうな表情だった。死ぬその瞬間まで共食いは趣味じゃないとでも思っていたのだろう。顔についていた赤い血を拭ってやると、そこに透明の液体が落ちてきた。
「涙……なんてオレにもあったんだね」
 鳳仙に振り返ったとき何もないと言われたとき、神威は後ろには何もなくていいと思った。隣に阿伏兎がいれば、それでいいのだと。阿伏兎が死ぬのは自分が殺すとくだと信じて疑わなかった。
 阿伏兎の首を胸に抱き、静かにうずくまった神威は口を三日月の様に歪ませた。
「血、それと戦場」
 それだけあればもういい。神威は呟いた。
 強い奴との血肉湧き踊る戦いなどもうどうでもいい。何もしない時間はもう辛いだけの時間になった。
「行こうか。阿伏兎」
 狂った笑い声をあげ、神威は静かに姿を消した。とりあえずは、この星の民を殺す。でも何人かは残しておいて、別の星への船を出させる。そうやって星を潰していく。
 阿伏兎が消えた今、春雨に帰ったとしても何もできないだろう。
 そして、今抱えている阿伏兎の首をどうするべきか、神威にはわからなかった。浮かんだのはあの青い星にいる銀髪の侍だった。あの者達なら、この首を弔ってくれるかもしれない。
「弔う……か」
 自分にそんな知識があったと始めて知る。
「うん。そうしよう。もう少し待っててね」
 とりあえずは、この星を滅ぼすこと。そして地球へ向かう。それから先はただ戦えばいい。











「お前……」
「神楽達は寝てる? できれば起きる前に何とかしてね」
 銀時にそう残し、血まみれの神威は去って行った。残されたのは腐りかけの首だけ。その首だけで全てがわかる。神威は壊れてしまった。
 首が生きているときに戦ったのは銀時ではなく神楽達だったので、実際にどのような人物だったのかは知らないが、あの神威が腐りかけの首を大事に持っていたのだ。よほど大切な者だったのだろう。
「死んじゃったんだねぇ」
 銀時は首を埋めに朝焼けの歌舞伎町を歩いた。



END