シカマルの同級生の一人は、とてつもなく騒がしい人間だった。
 静かな世界を望んでいるシカマルにとって、それはひどくわずらわしいものだった。同級生が一人加わるだけで、世界は大きく変ってしまう。それでも、彼を突き離そうとはしない。理由は単純明快で、それすら面倒くさいというだけのものだ。時折、周りの同級生が「あいつと一緒にいてはいけない」などという、いらぬ忠告をしてくれる。その度、シカマルは「あー」と、気の抜けた空返事をしていた。
 他人の悪口を言う者といるくらいならば、騒がしくとも不愉快なことを言わぬ者とともにいる方が気持ちがいい。シカマルの父も、それれいいのだと肯定してくれている。
「シカマルー!」
 アカデミーの昼休み、校庭の隅で寝転んでいたシカマルの耳に、騒がしい声が入ってきた。明るく、大きく、よく通る声だ。それは間違いなく、騒がしいあの同級生のものだ。
 面倒だと思うが、無視を続けたところで騒がしい声が止むはずもない。しかたなしに薄く目を開けてやる。
 途端に飛びこんでくるのは、目に痛い金色の髪だ。太陽の光を受けて、よりいっそ輝いて見えた。暗闇の世界から引き戻されたシカマルにとって刺激が強すぎた光景に、再び目を閉じる。一度開かれた目に、ナルトは満足したのか、それ以上声を発することなくシカマルの隣に腰を降ろした。
「……何の用だよ」
「こんなところで昼寝するくらいなら、オレ達と悪戯の一つでもしようぜ」
 ゆっくり目を開け、ナルトを見る。彼の視線の先をたどってみれば、チョウジやキバの姿が目に入る。大人しいチョウジは、キバやナルトに付き合わされているだけなのだろう。困惑したような瞳が見えた。
「オレは嫌だぞ」
「えー」
 唇を尖らせる姿は、彼を年齢以上に幼く見せる。隣にいるシカマルが、年齢に似合わない爺臭さを持っているからということも、ナルトを幼く見せる要因の一つだ。
「どうせ先生に見つかって怒られるだろ」
「でも、シカマル悪戯考えるの上手いじゃん」
 何度か押し切られて彼らと共に悪戯をしたことがあった。巻き添えをくっただけとはいえ、叱られるのはつまらないし、何よりも面倒くさい。その一心で、誰が犯人かわからぬ作戦を立てたことがある。
 しかし、教師は常習犯であるナルトを捕まえ盛大なお叱りを受けていた。共犯者について口を割らなかったのは、ナルトのプライドだったのだろうか。
 少し前のことをぼんやりと思い出していると、向こう側にいたキバとチョウジが近づいてくるのが目に入った。動こうとしない二人に焦れたのだろう。不機嫌そうにしているキバを追うチョウジに心の内で合掌する。
「何やってんだよ」
「シカマルがさぁ」
 人のせいにするなと、一応口を挟んでおく。
 悪戯に乗り気ではないシカマルを見て、チョウジは安心したような表情を浮かべる。
「……もういいってばよ」
 わずかに伏せられた目に驚いた。いつも笑ってばかりのナルトが、泣いているように見えたのだ。
 けれど、その思いは一瞬のものだった。
「今日はオレ一人でやってやるってばよ!」
 すぐに開かれた目は、いつもと同じ光を持っていた。口角を上げ、キバを放って走りだすその様子を見る限り、彼の目から涙が出るところなど想像もできない。
「あ、待てよ!」
 キバが追いかけようとしたときには、もう既にナルトの姿はなかった。
 彼が一人で悪戯をすると言ったのだからとばかりに、チョウジはシカマルの隣に腰を降ろし、お菓子を食べ始める。そんな光景を見たキバは、呆れたようなため息をつきながらも、チョウジとは逆側に腰を降ろす。
 行動的で、悪戯をすることも多いキバだが、ナルトほど積極的に悪戯をしようとはしない。彼の悪戯回数は一日に一度ではすまないのではないかと思うことがあるほどだ。
「お前、昼休みいつもいないと思ったら、ここにいたんだな」
 ふと、キバが口にした。
「いい場所だろ」
「おー。良い気持ちだな」
 目を閉じ、風を感じると眠気が襲ってくる。このまま寝てしまってもよかったが、そろそろ午後の授業が始まる時間だ。思わぬ邪魔が入ってしまったため、昼寝をじっくり楽しめなかったことに悲しみを覚えた。同時に、疑問が頭を過ぎった。
「……ナルト、よくここ知ってたな」
 校庭の隅。人の気配がなく、目にも付きずらい場所だ。そんな場所だからこそ、シカマルが好んで昼寝の場所につかっているのだ。
 チョウジには教えていたが、彼がナルト達にこの場所を教えたとは思えない。
 ささくれのような違和感に頭を働かせる。くるくるとよく回る頭で考えてみたが、結論が見えてこない。しだいに考えるのも面倒になってしまい、思考を放棄する。ナルトの考えなどわからずとも、問題ない。
 三人そろって教室に入ると、生徒達はざわつきながら席についていた。一人見当たらないのは、目立つ金色の髪だ。
「あれ。ナルトの奴サボりか?」
 キバが鼻をひくつかせるが、ナルトの匂いはしない。
 悪戯をし、常に成績はドベを独走しているようなナルトではあるが、授業をサボるということは珍しい。
 そのうち戻ってくるだろうと話ながら、シカマル達も席につく。けれど、ナルトはその授業内に戻ってくることはなかった。
「ナルト、戻ってこなかったね」
 チョウジの言葉に、シカマルが立ち上がる。
「探しに行くの?」
「面倒くせぇけどな」
 小さなくすぶりが面倒だった。いつまでもこのくすぶりを抱えているくらいならば、大人しくナルトを探しに行った方がのんびりした時間が有意義に使える。
 二人で同じ場所を探してもしかたがないということで、別々に行動することにした。幸い、次の授業までは時間がある。最悪、どうせ寝ているだけなのだからサボってしまってもいいのではないかという考えまで浮かんでくる。
 サボるのに最適そうな場所を探してみるが、中々見つからない。しだいに、ウロウロするのも疲れてくる。
 ため息一つ。名案一つ。
「行ってみるか」
 思い出したのは、昼寝をしていた例の場所だ。
 何となくナルトがいるとは思えず、探す場所から除外していたが、あそこならばサボるのにも丁度いいだろう。
 自分がいつも使っている道をつかい、あの場所へと向かう。
 物陰を抜け、顔を出す。上手い具合に陽射しが遮られた場所には、探していた金色がうつむいて座っていた。よく見てみれば、いつもは頭の上にあるゴーグルがないように見える。おそらくは、本来あるべき場所、つまりナルトの目を覆っているのだろう。
「……ナルト?」
 思わず声をかけると、大げさなほど肩がびくついた。
「シ、カマル?」
 上げられた声は震えていた。どれほど鈍感な奴にでもわかる。ナルトは泣いていたのだ。
「さっきの授業サボっただろ」
「え? あ、うん」
 ゴーグルを外さずに、シカマルの言葉に返事をする。
 色がついたゴーグルに遮られ、ナルトの瞳は欠片も見えない。
「それ、どうしたんだよ」
 ナルトの目を隠しているものを指差して言う。瞳こと見えないものの、ナルトが動揺しているのはすぐにわかった。ゴーグルの端をしっかりと手で抑え、シカマルの言葉に拒否を示して首を横に振る。
 泣いているところを見てみたかったわけではなかったのだが、つい先ほどまで見ることがないと思っていた涙が、すぐそこにあるのだと思うと、心がざわめいた。
「いや、ちょっと……」
「いつもは頭の上につけてるだろ」
「別にいいじゃんか」
「まあそうだけど」
 言い淀むナルトを見て、シカマルは何故ナルトが泣いているのかを察した。
 同級生達から頻繁に言われている言葉を思い出したのだ。陰口を叩く奴は面倒だった。何もしていない人間を嫌うのは面倒だった。そして、誰も虐めない誰も傷つけない人間が泣いているのを見るのは、不愉快だった。
「面倒くせぇ」
 シカマルはそう零した。
 足を進め、ナルトに近づき、隣に腰を降ろす。
「何……」
「別に」
 昼寝をしていたときのように寝転がり、目を閉じる。もはや、次の授業にでる気などこれっぽっちもなかった。
「オレは別に見てねぇし、知らねぇから、好きなようにすればいいんじゃね」
 ナルトが息を呑んだのがわかった。
「な、に……が」
 声がまた震えだす。
 これは泣いているなと気づきつつも、シカマルは目を閉じたままだった。
 同級生の男が泣いたときの対処方などわからない。頭を撫でてやるだとか、抱き締めてやるだとか、母親が子供にするものしか思いつかない。だが、そのどれもが、自分がナルトに対してすると思うと似合わない光景でしかないものだったので、ただ隣にいることに決めた。
 ゴーグルがナルトの涙を隠すのならば、シカマルは零れる嗚咽を受け入れてやりたかった。


END