愛用の武器を見てエプロスはふと考えた。
トランプには五十二と二の表情がある。今いるメンバーをそこにあてはめて考えるのは容易いのではないか。
つまらない遊びだとは思ったが、今はルカがスタンと共に修行とやらに出かけているので時間はある。何も考えずにいるよりは幾分かマシかもしれないと考え、トランプを空中に並べた。
「違う方面から見ることにより、新たな発見があるかもしれない」
そんな言い訳も忘れずに呟いておく。
初めに取ったのはのハートクイーンだ。気高いその姿はあの女勇者を思い出させる。スタンと言い合いをしているときはその気高さも姿を隠してしまうが、戦いに目を向けているときや仲間を気づかっているときの姿は中々に美しい。愛を持って戦いに挑む彼女にお似合いのカードだろう。ロザリーの持つ元々の分類は気高き勇者といったところだろう。
「ふむ。出だしから中々好調だな」
ハートのクイーンを一枚宙に浮かせ、二枚目のカードを手に取る。
示されるのはクラブのキングだ。知識を象徴ともするクラブを見ているキングはあの変わり者の学者と重ねることができた。分類に縛られながらも、知識を追い求めた姿は称賛にすら価する。変わりものではあるが、それも人とは違う考え方ができるからこそのものと考えてみるのも悪くはない。深い知識はこのパーティを導いてきたのだろう。キスリングの元々の分類というのは同業者だからこそわかる素晴らしい学者なのだろう。
「彼はあまりにも変わりすぎている気もするが、それもまたいい」
手にしていたカードをハートのクイーンと並ばせ、自分は新たなカードを引く。
現れたのはスペードのジャックだ。それは己を高めることを好む元魔王に似ている。死を運ぶ騎士は己の力をひたすらに高めていた。彼自身は死を運んでいる気など毛頭ないのかもしれないが、あの力は他者に確かな死を与える。彼を倒すことができる者は数少ないだろう。ビックブルの元々の分類とは、無邪気に死を運ぶ年若い騎士なのだろう。
「どうだろうか。少し的外れな気がしないでもないな」
並ぶカードは三枚となった。エプロスはまた新たなカードを手にする。
それはスペードのクイーンであった。これは掴みどころのない女の元魔王に思える。また死を運ぶものだった。何故ならば彼女もまた、魔王という存在だからだ。人々を魅了しながらも死を呼ぶその姿はまさにスペードのクイーンだ。少しだけ身震いをする。その手はこちらに回ってこないとも限らないと思わされた。リンダが持つ本来の分類は、美しくも恐ろしい魔王というものだったのではないか。
「……いや、深く考えるのはやめよう」
視線をそらし、カードを浮かせる。手に取ったのは二枚のカードだった。
引かれたのは二枚のジョーカーだ。
「ああ、これは彼らだな」
他に誰も思い浮かばない。
他のどのカードとも違い、どのカードとも一線を凌駕する。ジョーカーは切り札であり、規格外の札だ。
「ベーロン。二枚のジョーカー相手にどう立ち向かうのだ?」
このジョーカーは二枚ないと意味がない特別なものだ。片方だけならばまた違った札になっていただろう。
二人は出会い、分類をはずして回った。そして今はすべての分類から人々を解放するために動いている。
すべてが終わったとき、世界がどうなってしまうのか予想もできない。だがエプロスはそれが見てみたかった。人々は、また自分自身は変わった世界の中でも今までのように生きていけるのだろうか。己が知りたいと願っている世界の謎がわかる日はくるのだろうか。
宙に浮かぶ五枚のカードに一枚を足す。
それはクラブのジャックだ。魔王である自分にジャックは似合わないかもしれないが、スペードのキングが誰であるかは決まっている。せめて知識を追い求めるマークに自分を入れたいと思うのはわがままなのだろうか。
「エプロス様。スタン様達帰ってきましたよー」
スペードのクイーンが扉の向こうから声をかける。がちゃがちゃとノブが回る音を聞いて、鍵をかけておいて正解だったを一息つく。
「わかった」
壁の向こうでジョーカーとハートのクイーンの喧嘩の声も聞こえた。
やはり、彼らをたかがトランプに例えるのは無理があったかと小さく笑う。彼らが持つ属性は一つではない。顔を合わせる人によってその姿は変わり、考え方は日々変化していく。無機物であるトランプとは違いすぎる。
「あー。エプロス様ぁ!」
扉を開けた途端に飛び込んでくるリンダを避け、廊下へと出る。騒がしい声が懐かしいと思うようになってしまっているあたり、自分もこの場所に毒されていると自覚した。
「エプロスさん、二人を止めてください……」
「それは無理な相談だねルカ君」
幸せとは違うのかもしれないが、心がじわりと温かくなる。
彼らはトランプではない。
「ロザリー君、そろそろやめたら――」
「キスリングさんは黙ってて!」
「そうだ! 余はこの下ぶくれ女と決着をつけるのだ」
「なんですってー!」
「おいおい。せめて外でやったらどうだ」
結局仲裁するはめになってしまい、小さくため息をつく。隣では小さくなってしまったルカがしきりに謝っていた。
トランプは五十二と二、そして一のカードがある。
最後の一枚は予備として備えられているものだ。それは白紙。今はないマルレインはそこに当てはまるのだろうか。
END