片手を失い、神楽と戦った阿伏兎は当然しばらく動けなかった。
夜兎の回復力を持ってしても、傷は簡単には癒えなかった。
「阿伏兎も馬鹿だねぇ」
本気を出せば簡単に殺せたはずなのだ。だが、同属で殺し合うことをきらう阿伏兎はそれを是としなかった。
「…………団長」
「まったく。お前がいなくなったら、誰がオレの変わりに交渉をしたりするんだよ」
「いや、それはオレがいなくてもやってください」
鳳仙には左腕をとられ、神楽には体のあちこちを折られた。そのせいか、阿伏兎は幕府の役人達に鳳仙を殺したのは自分達だと納得させたあと、すぐに寝込むこととなってしまった。医者にはゆっくりして、体力が回復してから義手をつけるといわれている。
だから、できれば神威には部屋から出て行って欲しいのだが、何故か神威は一日のほとんどを阿伏兎の部屋で過ごしていた。
仕事はどうしただとか、眠たいだとか言ってみるものの、神威は聞く耳を持たない。
「はぁ……。一体なんだってんですか団長」
尋ねてみるが、やはり神威は応えない。
「……阿伏兎。キミはいい子だね」
いつもの笑みを崩さぬまま、神威は阿伏兎の頭を撫でた。正直なところ、十以上の歳の差がある子供に頭をなでられるというのは非常に落ち着かない。
だが、余計なことを言って神威の機嫌をそこねることだけは勘弁したいところだったので、阿伏兎は素直に頭を撫でさせていた。
「オレは夜兎が滅ぼうがどうでもいい。愉快ならそれでいい」
でも。神威は続ける。
「阿伏兎は夜兎が絶滅するのが嫌なんだよね? だからこんなんになっちゃったんだよね?」
阿伏兎は思わず上体を起こそうとしたが、神威の手がそれを阻止した。今、神威からは殺気が放たれている。それは未だ傷が癒えていない阿伏兎を戦闘態勢に入らせるには十分すぎるほどのものであった。
「ねえ。同属の強い奴と戦うのって楽しいだろ? 神楽も中々強かったんでしょ?」
神威は阿伏兎の髪を掴み、顔を近づけてくる。神威が怒っている。その事実はわかるが、その理由が阿伏兎にはわからなかった。神楽と戦いたかったのだろうかと考えるが、面白い侍を見つけたと言っていた様子からみても、その線はなさそうだ。
「夜兎。夜兎。夜兎。そんなに夜兎族が大切か?」
眉間に皺を寄せ、薄く目を開いている神威は、間違いなく怒っている。怒っているなんてものではない。怒髪天をつく勢いだ。
「だ、んちょう…………」
傷が開く。体が悲鳴をあげている。
「血……。夜兎の血」
こんなものがなければ。神威はそう呟いて、比較的浅い傷に牙を立てた。
「っ……」
チクリとした痛みが阿伏兎の体に走る。
「阿伏兎。死んだら許さないよ」
「……いやぁ。団長に殺されそうですけど」
「オレが殺すのはいいんだよ」
自分勝手な言葉だが、それはいつものことだ。問題なのは、今現在、傷に牙を立てられているということと、神威の言っている言葉が、まるで死なないでくれと言っているように聞こえるということだ。
「別に死にゃーしませんよ」
傷に牙を立てられ、流れる血を舐められ、ヒリヒリしているが、先ほどのように体が悲鳴をあげることはない。
阿伏兎は静かに言う。
「オレだって死ぬのは御免ですからね。ちゃんとそんときは同族であろうと殺しますよ」
「……お前、あの時死ぬ気だったくせに」
ばれている。
神楽と新八を助けたあの時、阿伏兎は死ぬつもりだった。幾多の戦場に立ち、同族の血も体に浴び続けてきた。そんな人生ならば、あいつらに託してもいいのではないかと、あの瞬間考えてしまった。
どうやら、神威はそれが気に入らないらしい。
「次にあんなことしたら……。オレが殺す」
怒っているときの笑みを見せ、阿伏兎の髪から手を離した。
ようやく解放され、阿伏兎は一息ついた。
「団長」
「ん?」
幾分か苛立ちが収まったのか、神威はいつも通りの笑顔を見せている。
「オレって優等生?」
冗談交じりに聞いてみると、神威はしばらく沈黙した後、おもしろそうに答えた。
「いい子だよ。阿伏兎は。
でも、オレはいい子、嫌いだな」
そう言い残し、神威は阿伏兎の部屋から出て行った。
「あー。はいはい」
うるさいのがいなくなったので、阿伏兎は傷の回復のため、眠りについた。
END