傷を負っていない国などありはしない。日本は常々そう考えていた。
日本自身、ほんの六十数年前に大きな傷を負った。もう完治している傷だが、その傷が完璧に癒えたわけではない。
そしてまた、目の前にいる者も、同じように傷を負っている。
「トルコさん……。戦争とは、悲しいものですね」
縁側に座るトルコに話しかける。
「そうですねぃ」
トルコは肌を露出させるような服を着ないため、布の下がどうなっているのかはまったくわからない。だが、おそらく布の下には大小様々な傷があるのだろう。
それはトルコが国民と共に生きてきた結果。
自分の意見を通すために、国民の生活を守るために、多くの争いをし、多くの傷を負う。
「たくさんの人が亡くなりました」
空襲で、陸上戦で、原爆で。国民が死んだのは日本だけではないのだけれども、それでもやはり思うのは自国民達のこと。
「…………」
抑えることのできない日本の言葉を、トルコは黙って聞いていてくれた。
トルコにも覚えのあることだったから。
戦っては失い、戦っては傷つく。一時は勝っていたとしても、結局最後は負けてしまっているような。そんな感覚。
「私は、何かできたのでしょうか?」
あの時代、日本はあれが正しいことだと思っていた。
世界恐慌がおこり、植民地のない日本は非常に辛かった。そのために、他を支配してしまわなければならなかった。今の時代で考えれば、自分のことしか考えていないということだが、あの時はそれが唯一の道だと信じて疑わなかった。
もしも戦争を始めなければ。もしももっと早くに終わらせておけば。そんな考えが浮かんでは消える。
「日本さんは、愚かだったと思いますかい?」
トルコの質問に日本は詰まった。
もちろん、答えは『愚かだった』なのだろう。それが今の時代の当たり前。戦争は、絶対悪なのだから。
「……私は、言えません。愚かだったなんて」
日本は目を伏せて続けた。
「愚かだったと、あやまちだったと、そう言ってしまうのは簡単です。しかし、それではあの戦争で死んでいった人達に申し訳が立ちません……!」
例え死ぬとわかっていても、国のためにと前へ進んだ者達がいるのだ。自分達が死んでしまったとしても、名誉が残るように、家族達に申し訳が立つように。そう願って戦場へ向かった者達がいるのだ。
あの戦争自体が愚かだったのならば、その戦争で死んでいった者達は一体なんだったというのだろうか。
犬死にか。それともあやまちの報いか。
残虐なこともしただろう。多くの命を奪っただろう。それが戦争だからという一言ではすまされない。その罪は償わなければならない。
「それでも……。国のために、大切な人のために、命を落とした人達を侮辱するようなことは言えません」
「なら、それでいいんじゃねぇですかい?」
拳を握り締める日本に、トルコは優しく言う。
「『もしも』だなんて、言っていても始まりませんぜぃ。
それよりも、亡くなった命への弔いが大切なんじゃあありやせんか?」
次はあんな戦争を起こさないように。そう願いつつも、先人を敬い、弔う。
「日本さんがそんな顔してちゃあ、報われませんぜぃ」
トルコの言葉は、すっと日本の心に染み渡った。
END