華やかなのは上の世界だけで十分だ。
 暗い地下の世界で思う人々がいる。けれど、彼らは卑屈になっているわけでも、上の世界を恨んでいるわけでもない。ただ、自分達にあっているのはこの地下だと知っているだけだ。
 ここはバトルサブウェイ。
「いけ! エルフーン!」
 バトルがただ好きだった。
 どのような技を、どのように使うか。何を持たせるか。そんな戦略を考えることが楽しい。勝てたならばさらに楽しい。
 ポケモンとともに成長しあう喜びを分かち合う。
「私、ノボリと申します」
 バトルをするために作られた地下にはマスターがいた。彼らはサブウェイマスターと呼ばれ、尊敬され、時には恐れられる。
 熱いバトルを冷静な頭で作り上げていく感覚に心を奪われた者は多い。
「ブラボー、ブラボー」
 誰かが勝てば、誰かが負ける。
 ノボリは手を叩き、挑戦者を導く。
 レールは途切れることがなくひたすらに続いていく。どこまでも勝ちと負けが続いているのだ。トレーナーはその道をひた走る。この地下で働く従業員やサブウェイマスターはそんなトレーナーが好きだった。真っ直ぐな瞳が好きだった。
 だが、現実は非情なものだ。地下での仕事も楽しいことばかりではない。今日も悲しい時間がやってくる。
「ノボリさん、クダリさん」
 夜も遅くなり、一先ず運転を中止させると、従業員達が四方から駆けてくる。各々の腕の中には小さなポケモンが抱きかかえられていた。それらを見ると、ノボリはあからさまには顔をしかめた。
 この光景は毎夜のものではあるが、どうにも慣れることができない。
「……どうしましょう」
「うわー可愛いねぇー」
 幼いポケモン達は捨てられた子達だ。
 悲しいとも、虚しいともいえない複雑な感情が胸の中に渦巻く。
「すみません……」
 今にも泣きそうな顔をして、一人の青年が顔を俯けている。彼はポケモンの実力を正確に見るということで、この地下でも有名な人物だ。有名であるがために彼にポケモンを見せにくる者は多い。彼は嘘をつかない。すばらしいとも、そこそことも、本当のことを告げる。
 すばらしい能力をもったポケモンはいい。性格やそのポケモンの特性に合っていればなおさらだ。けれど、そうでないポケモンはどうなるのだろうか。
「あなたが悪いわけではないのですよ」
「うん。悪くないよ」
 無情にも見捨てられる。
 一方的なさようなら。それに小さな泣き声を上げる幼いポケモン達。
 この地下にいる限り、この光景から逃れることはできないのだ。強さを求めるあまり、このような行為に走るトレーナーは残念ながら多い。
「どうにかできない?」
「そうですねぇ……」
 厳選をするなとは言えない。能力を厳選し、技を厳選し、性格を厳選し、持ち物を厳選する。そうして強くなっていくことを否定できない。
 だが、愛を持たぬ人間は強くなれないのだ。そのことに気づいていないトレーナーはあまりにも多い。
「真のトレーナーは、さよならするときに引き取り手を考えてくれたりするんですけどね……」
「このホームにも、里親募集のチラシがいーっぱいあるのにねぇ」
 表情はあまり変わらないが、眉がわずかに下がる。
 シングル、ダブル、マルチ。どのホームにもチラシが張り巡らされている。もちろん、ジムリーダーやポケモンセンターの協力のもと、他の施設にもチラシを張っている。だが、その効果は大きいとはいえない。
「私達が育てるのにも限界がありますからね……」
 バトルサブウェイは有料の施設ではない。ゆえに、利益などもなく、このようなポケモン達を育てるだけの余裕はない。
「野生に返すにも、このままじゃすぐ瀕死になっちゃうしねぇ」
 周りの人間から、不穏な空気を感じ取ったのか、小さなポケモン達は不安気な目をしている。それを励ますことすら今の彼らにはできない。
「明日、また各方面に連絡しておきます」
「そうですね。ここでずっといるわけにもいきませんし」
 ジムリーダーや育て屋などの施設に、この子達を預けるのだ。野生に返しても問題がない程度に育つまで。
「でもさー。こうして、毎日毎日、増えていくんだよね」
 クダリの言葉に、ノボリや従業員の動きが止まる。
「元気いっぱいなこの子達を見れば、きっと皆も好きになると思うんだけどなぁ」
 眠りかかっているポケモンの頬を軽く突く。柔らかい頬は愛らしい。
「そうですね……」
「ここに、そういう施設が作れればいいんですけどねぇ」
「うーん」
「あ、ボクいい事考えたよ!」
 再び沈黙してしまった空気の中、クダリが勢いよく顔を上げた。
 ニコニコと笑みを浮かべている彼に、ノボリが近づき耳を寄せる。
「ああ、なるほど。それはいいかもしれませんね」
 二人は互い違いの表情を浮かべた顔を突き合わせ、それでも嬉しそうにしていた。


 次の日から、バトルサブウェイのホームにはチラシだけでなく、小さなポケモンがウロウロしているようになった。
「この子可愛い……」
 バトルサブウェイにやってきるのは、皆同じくバトル馬鹿だ。けれど、ある程度まで進んでいけるのは、バトル馬鹿以前にポケモン馬鹿なのだ。
 例えばミュージカルに、例えば、親戚の大切な友人として、幼いポケモン達は引き取られていく。


END