朝、まだマネージャーも起きていないような時間に鬼道は目が覚めた。ニ度寝をする気分でもなく、そのまま服を着替えて練習に出ることとした。朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、まずはランニングでもしてみようと足を動かす。
「……ん?」
自分の足音と混じって、何か別の音が耳に届いた。
何かが弾むような音。聞き覚えのあるその音につられ、鬼道はグラウンドに向かう。
「自主錬か不動」
「あ? なんだ、鬼道君か。今日はやけに早いねぇ」
リフティングを続けながら、鬼道を目に映し口角を上げる。不動は外見によらず努力家な面がある。こうして朝早くから自主錬をしたのも始めてではないだろう。
「目が覚めてしまってな」
「ふーん」
不動の足の上で跳ねていたボールが、鬼道に向かって放たれる。勢いのあるそのパスを足で受け、先ほどの不動のように足の上で遊ぶ。
何度かリフティングを続け、再び不動へと返す。その行為を何度か続けていく。しだいに、二人はリフティングではなく、ドリブルをしながらのパス練習へと変わっていった。真剣な目をしつつも、二人は楽しさのあまり笑みを浮かべていた。
「やるじゃねーか」
「ふう……朝から流す汗もいいものだな」
汗を拭いながら、互いに言葉をかけあう。つい先日まではあれほどまで険悪だったということが信じられない。
不動の過去を聞いてしまった日から、鬼道は彼のことが気になってしかたがなかった。始めは性質の悪い同情心かと思ったが、日に日に増さる感情に、これが同情などではないとわかった。
「なあ不動」
「ん?」
この感情は、吐き出すためのものではない。頭ではわかっていたのだが、口を閉ざしている限り増え続ける感情に鬼道は耐え切れなくなっていた。
「好きだ」
ポツリと漏れだした言葉は、確かに不動に届いていた。
目を丸くして不動は鬼道を見ている。
「……す、すまん。忘れて――」
「ふっ……ひゃっひゃっひゃ」
自らの失態をなかったことにしようと、忘却を願う言葉を紡いだ。けれど、それを消し去るほどの音量で不動の笑い声が響いた。腹を抱え、涙まで浮かべている姿に鬼道は眉間にしわを寄せた。
「きどーくんも、そんな冗談言うんだねぇ」
涙を拭いながらそんなことを言う。
「……冗談などではない」
先ほどは忘れてくれと言ったはずなのに、冗談かと聞かれるとそれを否定する。この気持ちに偽りはないのだ。
「あーはいはい」
適当な相槌が欲しいわけではない。舌打ちと同時に、鬼道は不動の肩を掴んだ。強く掴みすぎたのか、不動は小さなうめき声を上げた。
「いってーなぁ……」
鋭い目つきで睨まれる。イナズマジャパンのチームとして、共に過ごすようになってからは見ることが少なくなった目だ。
「オレはっ……!」
「あれ? 鬼道、不動。何してんだ?」
修羅場とも言える空気の中、ひょっこり顔を出したのはキャプテンである円堂だった。彼も自主錬を行おう思ったらしく、ボールを手にしている。
「よぉキャプテン。鬼道君がオレのこと好きーって冗談言ってんだぜぇ」
笑えるだろ? と問いかける。冗談だと思われているだけではなく、円堂にまで自分の思いが暴露されてしまったことに鬼道は怒りの感情がさらに湧き上がる。
「何故信じない!」
もはや、隠す必要もないだろうと言わんばかりに、鬼道は声を荒げて言った。
「信じるも信じねぇもないだろ」
呆れたような顔をする。さらに不動は冗談もしつこいと面白くないと続けた。
「何で不動は信じてやらないんだ?」
「はあ?」
円堂の言葉に、不動だけでなく鬼道も驚いた。円堂が誰かを差別したり、嫌ったりするところはあまり見ないが、同性愛にまで寛容だとは思ってもみなかった。
「だってさ、鬼道はサッカー好きだろ?」
「あ、ああ」
雲行きが怪しくなる。
「なら、一緒にサッカーする仲間が好きなのは当たり前じゃないか!」
やはりそういうことかと、鬼道も不動も同時にため息をついた。円堂からしてみれば、同性愛どころか、普通の異性愛もサッカーで片付けられてしまうのだろう。
「だからオレだって不動が好きだぞ!」
チームを元気付ける笑みを浮かべる。
「……おう」
不動の頬は赤く染まる。
「つかさー。キャプテンって罪な男だよねぇ」
「え? 何でだ?」
「いやーまあ、あんまし、そういうこと言わないほうがいいって話」
円堂と目を合わせないようにしながら、会話を続けていく。仲良さげな二人を見ていると、鬼道は自分の中に醜い何かが渦巻いていくのを感じた。
何故、彼の言葉ならば気持ちを動かすのだろうか。歯を食いしばり、悔しさを押し殺す。ここで無様な姿を見せるのは不本意だ。
「それよりさ、朝飯までまだ時間があるし、練習しようぜ」
「おー」
ゴールへ向かって走っていく円堂と、その後を面倒くさそうにとはいえついていく不動。そんな微笑ましい様子でさえ鬼道の苛立ちに変わる。
「……わかっているさ」
誰にも聞こえないように呟く。
不動が円堂に懐いている理由はわかっている。一番初めに不動を信じたのは円堂だ。鬼道や佐久間が不動を怪しんだとしても、彼だけは不動を信じていた。仲間だからという彼らしい理由ではあったものの、不動にとっては信頼してくれているということが一番重要だったのだろう。
「おーい鬼道、一緒にやろうぜー」
「あ、ああ」
円堂に呼ばれ、鬼道も彼らのもとへと足を進める。
心の中にある靄が晴れたわけではない。しかし、焦ったところで、どうにかなるものでもないだろう。
「勝負だ不動」
この恋愛ゲームにも、これからの試合にも勝てるように駒を進めていこう。
天才ゲームメーカーの名にかけて。
END