池袋の王様が部下の待つ車へと向かって歩いていくと、車のボンネットの上に見知った人物を見つけた。
 この町のトラブルシューターであり、Gボーイズの頭脳であるその男は、タカシの姿を瞳に映したまま動かない。いつもの彼からは考えられない。
 タカシの姿に気がついたGボーイズの一人が、今の状態を説明した。
「実は……さっきふらっとやってきて、動かないんです。
 何だか話せる雰囲気でもなくて……」
 普段は空気など気にしないような奴だが、今回は空気を読めて正解だとタカシは心の中で思った。
 付き合いが長いからわかる。今日のマコトは危険だ。力だけならばマコトに勝てる奴は大勢いる。だが『キングの友人であるマコト』に勝てる奴はそうそういない。そして何より、キレているときのマコトはなりふり構わない傾向にある。
「わかった。少し待ってろ」
 時間がどれほどかかるのかはわからない。だが、Gボーイズの前で余計な姿を晒すわけにはいかない。
 部下達を遠ざけ、いつものペースでマコトに近づく。
「……付き合えよ」
「わかってる」
 簡潔なやりとりをし、二人は人気のない場所へ移動した。
 マコトは基本的には平和主義を語り、人を傷つけたりすることを嫌う。だが、池袋はけっして優しい町ではない。人が傷つき、死ぬことなど日常茶飯事であり、そんな町でトラブルシューターをしているマコトのもとにはそんな仕事も山のように入ってくる。
 優しいマコトは目の前で人が死ぬたびに傷つき、同時にそれどころではないのだと自分を支えてきていた。仇を打ちたいがために、自分を冷静に保とうとする。そうして心をすり減らす。
「お前は、敵ですら傷つけない」
「……オレはそんな聖人君子じゃねーよ」
 冷たい声。マコトはいつもタカシの声を氷のようだと比喩するが、今のマコトの声も氷のようなものだ。
 正直な話をすれば、タカシは目の前で何人死んだとしても、心を動かさない自信がある。生まれつきそのようにできているのか、キングとして上になっている間に慣れてしまったのか、それはわからない。
 周りに人の姿が見えなくなったとたん、マコトはタカシに殴りかかった。タカシはそれを避けない。が、やられるがままだというわけでもない。殺さない程度の力で素早く殴り返すと、マコトはあっさりと地に膝をつける。だがその目は諦めていない、上手く動かない体を必死に動かそうとしてはまた崩れる。
 そんな様子を優しく見守るでもなく、タカシはマコトを蹴りつける。骨は折らない。
「――――っ!」
 苦しげな声を上げるマコトをタカシは氷のような目で見据えるだけ。
 タカシは知っている。今の状態に陥っているマコトが望むことを。
 マコトは生きていることを実感したいと思うと同時に、死にたいと望んでいる。仲間が傷つき、死ぬところなど見たくない。死に逝く者と関わりたくない。死に逝く者を引き寄せる自分は本当に生きているのだろうか。
 わからなくなったマコトは自分に生きていることを実感させてくれる者のもとへ現れる。それはサルであったりもするのだが、大抵は身近にいるという理由でタカシのもとへくる。
「オレは、生きてる、か……?」
 息も絶え絶えといった風なマコトが問いかける。
「ああ、生きてる」
 答えは一つしかない。
 タカシはマコトを慰めない。支えもしない。それができるのはマコト自身だけなのだ。
「お前はまだこちら側にいる」
 だが、タカシは引き止める。マコトが向こう側の世界へ引きこまれないように。マコトが向こうへ逝くのならば、タカシはキングの座を降りるつもりだ。マコトがいない世界は面白くない。
「殺し、ドラッグ、レイプ、自殺……なあ、オレはどれを解決すればいい?」
 誰かに頼まれずとも、それらを目にすればマコトは必ず助けに入る。それが己の身を削る結果になろうとも。
「好きなように。Gボーイズはいつでも使えばいい」
 地面に倒れ、起き上がることをしなくなったマコトを見て、タカシはようやく一息ついた。起き上がろうとしないということは、ようやく正常に戻ったということ。
 服が汚れることも構わず、タカシはマコトの横に腰を下ろす。
「オレも、いつでも好きなように使えばいい」
「……王様を八つ当たりの道具に仕える平民はオレくらいのものだな」
 おかしそうに笑うマコトを見て、タカシも珍しく笑う。
 八つ当たりの道具にされることなど、その辺りに転がっている石ころ程度にしか感じない。
 王様の代わりはいくらでもいるが、国のバランスをとっているトラブルシューターの代わりはどこにもいない。
「お前が向こう側に逝かないというのなら、安いものだ」
 そう言った瞬間、横でマコトが吹き出した。
「……なんだ」
 不満気に問いかけてみるが、マコトは笑ったまま返事をしない。先ほどの攻撃で体中が痛いはずなのに、よく笑えるなと半ば感心し始めたころ、ようやくマコトは笑うのをやめた。
「あー。タカシも冗談とかいうんだな」
 クールな王様は冗談を言わない。先ほどの言葉は間違いなく真実なのだが、それをマコトは知らない。タカシもそれでいいと思っている。
「オレはそろそろ行くぞ」
「ああ。悪かったな」
「別にいいさ」
 二人はそこで別れた。
 それぞれいるべき場所というものがある。

END