旅の途中、初めて会ったときは共に世界を救うなど、思いもしなかった。と、誰かが言った。
言われてみれば、とメンバー達は出会いを思い出してみる。どれもこれもまともとは言い難く、できることならばもう顔を合わせるのも嫌だ。と、感じていた者もいる。
「そうだな。でも、こうして旅ができて良かったとオレは思ってるぜ?」
「私もですわ」
全員が肯定の言葉を零す。ジェイドですら、素直ではないながらも旅ができて良かったと言った。
失ったものもあるが、得たものも多い。心の中に重くのしかかっていた荷物が消えた者もいる。少しずつ、良い方向に向かっていると言ってもいいだろう。誰もが笑みを浮かべていた。その中には、もちろんルークの姿もある。
彼は誰よりも幸せそうな笑みを浮かべていた。この旅で一番変わった者は、と問われれば、誰もがルークの名前を口にするだろう。他人を気遣い、自ら考え、動くことができるようになった彼の名を。
「オレ、みんなに会えて良かったよ」
嬉しさを隠さぬ声色に、仲間達も笑みを深くする。
傍若無人でしかなかった少年の成長に対する喜び。そして、彼と出会えて良かったという思いだ。ひたむきに突き進むルークの姿に励まされたことは多い。今いる仲間の誰が欠けても、今の自分達はいなかった。
「アニスちゃんもだよー」
「そうね。私もルークに会えて良かったわ」
温かい雰囲気の中、時刻はもう夜を迎えようとしていた。
「……そろそろ野営の準備をしましょう」
空を見上げたジェイドが提案する。今、彼らがいるのは森の中だ。暗くなってから動けば、はぐれてしまう可能性も出る。ただでさえ、夜は魔物が活発になるのだ。これ以上無理に進む必要はない。
誰もジェイドの言葉に反論せず、野営の準備を始めた。火をつけ、食事の準備をする。今日の当番は、仲間達の中でもっとも料理が上手いアニスであったということもあり、ルークやナタリアの目は輝いていた。
「やっぱり、アニスの作る飯は美味いよな!」
「本当に。うちのシェフにも負けていませんわ」
「褒めても何もでないよー」
暗い森の中で、明るい会話が飛び交う。こんな時だけ、誰もが世界の危機を忘れることができた。幸せというのは、このような時間を言うのだろう。
「さて、明日も早いし寝るか」
「そうだな」
食事を終え、満ちた腹を撫でながらガイが言う。今夜、見張りの一番手を務めるはジェイドだ。
彼を残し、他の者は横になる。野営になれてしまった体は、硬く湿った土の上でも睡眠欲を呼び起こす。ガイやジェイドは、王族であるルークとナタリアを見て、ほくそ笑む。旅を始めたばかりのころは、宿でないと眠れないと言っていたというのに、今ではこの通りだ。
「それじゃ、時間がきたら起こしてくれ」
「ええ。何ならインディグネイションで起こして差し上げますよ」
「あんたが言うとシャレにならないんだが……」
「本気ですから」
これでもかというほど、良い笑みを浮かべてくれたジェイドを横目に、ガイは体を横たえて目を閉じる。ジェイドの冗談はいつまで経っても終わらないので、早々に負けを認めて無視してしまうのが一番だ。
ジェイド自身、追い打ちをかけるほど退屈なわけではないようで、あっさりとガイの戦線離脱を認める。
静かな風の音を耳に、ガイは深い眠りに入る。
これは夢だ。わかってしまう時がある。
ガイは真っ白な世界のなかで、これは夢だと知った。やけに意識がはっきりとしていた。本当に眠っているのだろうかと、頬を抓ろうとした。
「――ルーク?」
頬へ伸ばしていた手を下げる。視界の端に赤色が映った。白い世界の中で、赤色は目立ちすぎなほど存在を主張している。
「待てよ」
ここが夢の世界であろうと、現実の世界であろうと、ルークがいるのならば彼を捕まえなければならない。どのようなことがあったとしても、ガイはルークの使用人で、心の友なのだから。
頬を抓ることも忘れ、ルークの後を追う。どれだけ声をかけても、彼が振り向くことはなかった。また、どれだけ走ろうとも、二人の距離が詰まることはなかった。
手が届かないことにもどかしさを覚えつつも、ガイはルークを追いかけ続けた。ここで諦めてしまうと、大切な何かを見落としてしまいそうな気がした。
「ルーク」
名前を呼んだのは何度目か。ルークが足をとめた。
ようやく声が届いたのかと思い、足を速める。すると、先ほどまでの距離が嘘のようにルークの隣にたどり着くことができた。
「どうしたん、だ……?」
肩に手を置き、ルークを見た。ルークは今まで見たこともないような瞳で何かを見ている。その瞳の色にガイは見覚えがあった。色に名前をつけるとすれば、『憎しみ』というのが適切だろう。
何を見ているのか気になって、ガイはルークの視線をたどる。
「……ルーク?」
ルークの視線の先には、ルークがいた。
「何だよ。これ」
憎しみを込めた瞳で睨んでいるのもルーク。睨まれているのもルーク。二人のルークをガイは交互に見る。
よく見れば、睨まれているルークは髪が長かった。何年も見続けてきた長い髪の先端は色が抜けている。レプリカという事実を知った今ならば、あれは劣化によるものなのだとわかる。
「死ね」
短髪のルークが単純な単語を口にする。
腰の剣を抜き、長髪のルークへと向ける。彼の眼にはガイの姿など映っていないのだろう。
「オレはお前だろ」
長髪のルークは淡々とした声色で言い返す。
「違う! お前なんてオレじゃない! オレは変わったんだ! お前を殺して変わったんだ!」
止める間もなく、短髪のルークが長髪のルークを切る。
まるで紙切れのように、長髪のルークはあっさりと切られた。血は出ず、レムの塔でレプリカ達が消えたときのように光を発して消える。
その光景にガイは寒気を覚えた。これは夢だとわかっているが、ルークが体も、血の一つも残さず消えてしまうのだという場面を見てしまった。遠くない未来で、それは現実となることをガイは知っていた。
「殺した? なら、なんでオレはここにいるんだ」
ガイの後ろから声がした。
慌てて振り返ると、そこには先ほどと同じく、長髪のルークが立っていた。
「知らねぇよ! なんで、なんでいるんだよ!」
半狂乱になりながら、短髪のルークは剣を振り回す。すると、また長髪のルークは光となって消える。
「オレはお前だ」
「違う!」
「何度殺したって、殺せやしない」
「そんなはずはない!」
「オレを消した気になって」
「消すんだ!」
「変わった?」
「変わったんだ!」
「笑わせるなよ」
「うるさい!」
「何もかもを受け入れるなんて」
「黙れ!」
「できるわけないんだ」
「黙れって言ってるだろ!」
何度もルークはルークを殺す。ルークは何度も殺される。
「やめろよ……」
ガイは顔を青くして呟く。
悪夢にしても、性質が悪い。何度も何度もルークが光になるなど、見ていて楽しいものではない。
「やめてくれ!」
思わず二人の間に割って入る。しかし、剣はガイをすり抜け、長髪のルークを消した。
「オレは普通に生きてみたかった。兵器になんてなりたくなかった。人を殺すために生きるなんて嫌だった。
それの何が悪いんだよ!」
長い髪をぐしゃぐしゃに掻きながらルークが叫んだ。瞳は髪に隠れていたが、その声は確かに震えていた。
「だとしても、アクゼリュスを滅ぼしていい理由にはならない!」
「そうだ! ヴァン師匠のせいにしたのも許されない!」
涙で濡れた顔を短髪のルークに近づける。
「オレは結局、ヴァン師匠も、イオンも、ガイも、ナタリアも、ティアも、ジェイドも、アニスも、誰も信じちゃいなかったんだ!
ずっと、ずっと一人だったんだ!
そして、それは今もだ」
「違う! オレはみんなを信じてる!」
「嘘だ! 変わらないと駄目だって思ってるだろ。また一人になるって思ってる。死にたくない。ただ生きていたい。それを許されたい。
そのためだけにお前は、オレは戦っているんだ!」
二人の口論はあまりにも悲しい。そんなことで争うのはやめてくれと、ガイは届かぬ声で叫ぶばかりだ。
「オレの旅は途中で終わった」
「オレの旅は途中から始まった」
一つになるつもりはないのだ。二人は叫ぶ。
長髪のルークが切られ、光になる。その光はやけに大きくなり、ガイを飲み込んだ。
「ガイ、交代の時間ですよ」
「……旦那?」
「うなされていたようですが」
「……夢、だよな」
汗をかいたのか、体全体が湿っているように感じた。
夢だと確信していたはずなのに、目を覚ましてみると、アレが夢だったとは思えなくなっていた。恐る恐るルークの顔を見る。穏やかとは言えない寝顔だが、髪を切ってからの彼の寝顔はいつもこれだ。
「大丈夫ですか? 具合が悪いのでしたら、私とルークで分けますよ」
「いや、いい。大丈夫だ。悪いな」
自分が大丈夫という顔をしていないことはわかっていた。だが、再び眠る気にもなれない。
「そうですか。では、私は寝ますね」
「ああ」
ジェイドは踏み込んで欲しくない領域をわきまえている。そのことにガイは今日ほど感謝した日はない。
「なあ、ルーク」
ガイは恐ろしくなった。
もしも、あの夢をルークが見ているのならば。ルークは今も己を殺し続けていることになる。
END