見えぬ鎖で縛られている。それがひどく心地良い。
鎖のことを自覚していない者もいたが、誰もがその鎖を喜んでつけていた。鎖の先には彼らの主がいる。しかし、主は鎖を持ってくれはしない。
ドルチェットは何もない己の首をさする。ここに首輪があれば、彼も自分も安心できるのだ。
「何やってんだ?」
主が背中に乗ってくる。
「重いです」
「体重かけてるからな」
笑っているグリードが人の体温を好いていることは知っていた。その程度のことを知らないで、彼の部下は名乗れない。
「オレはグリードさんのもんですか?」
わりと真面目な顔をして尋ねた。いつものように、笑みを浮かべながら聞いてもきっと本気にとってはもらえないだろうから。
グリードは少し目を見開き、視線を横にそらす。ドルチェットの心がチクリと痛んだ。彼にとって、自分はそこまで価値があるものではないのかもしれない。だから、鎖の先を持ってはくれない。
死ぬときがきたら、笑ってこちらを振り向きもしないのだろう。
悲しいことを考えて、口元に笑みを浮かべる。
それはまた幸せなことだった。こちらを一度も見ずに去っていくということは、グリードは悲しまないのだ。自分達の方が先に死んでしまうのは決まりきっているのだから、自分達の死によって悲しみを覚えるなどあってはならない。
答えかねているグリードを見て、ドルチェットは大きく笑う。
「何だよ」
「いえ、結局、オレは幸せなんだって思いましてね」
地獄に落ちても、天国へ行ったとしても、幸せだ。
「変な奴」
眉間にしわをよせ、怪訝そうな顔をしている。
変な奴でいいので、傍にいることは許してください。心の片隅で言葉を吐いた。
「あ、そうだ」
背中から降りたグリードが振り返り、ドルチェットをその瞳に映す。
「お前ら全員、オレのもんだよ」
少し照れくさそうだったのは、仲間という意味が裏にこめられているからだ。
「そうですよね」
鎖の音が聞こえた。
この鉄はきっと壊れないだろう。
「オレはちょっと出かけるけど、いい子でお留守番しとけよ」
「え、聞いてないですよ!」
「それを言いにきたんだよ」
自由な主を持つと、下の者は困り果ててしまう。
ため息を一つ吐いて、それでも止められない。彼の求める二つ返事をしてから笑顔を見る。
「グリードさん」
「ん?」
それでも一つだけ言っておこうと決めて口を開く。
「あなたはオレの主で、リーダーですから」
リーダーの言うことは絶対に聞く。主のことは絶対に守る。それが忠犬というものだ。
グリードは首を傾げたが、ドルチェットは真意を告げない。ただ言っておきたかっただけだと言い、グリードを見送る。
END