静かな昼下がりを日向ぼっこでもしつつ過ごしていた日本の瞳に、よく知っている頭が映った。
「ギリシャさん?」
 日本が尋ねると、頭は上へ上がり、ギリシャの顔が現れた。
「…………」
 寡黙なギリシャは黙って頷くだけだが、それはいつものことなので日本もとくに気にすることはなかった。日本の礼儀作法にそむくことなく、静かにギリシャを家へ招き、お茶を淹れた。
 熱いお茶をギリシャはゆっくりと飲み、日本も黙ったままお茶を飲んだ。
 どちらも口を開かずに時間だけが過ぎていく。
「…………相談が、ある……」
 ギリシャが先に言葉を紡いだ。
「何でしょう?」
 日本は静かに耳を傾ける。
「好きな、奴がいるんだ……」
 日本以外の者が聞いたなら、目を大きくして驚いたかもしれない。だが、日本はギリシャが恋心を抱いているということも、その相手が誰なのかも知っていた。伊達に長生きはしていない。
 とはいえ、それを口に出すことも、追求することもないのが日本と言う存在だ。
「……でも、そいつは、オレの気持ちに気づいてくれない……」
 静かにギリシャの話しが終わるのを待つ。
「ちゃんと、口に出したけど……。やっぱり伝わらない……。どうすれば、いい?」
 尋ねられ、日本は少し考えた。
 ギリシャの思い人とはずばりトルコなのだが。トルコはギリシャのことを子供のようにしか考えていない。いつも喧嘩をしているように見えているあの行為でさえ、息子とコミュニケーションをとる父親の気分でやっているのだ。
 正直な気持ちをぶつければある程度状況は変わるだろうと考えていたのだが、それはすでに実行されていたようだ。
「ちなみに、何と仰ったのですか? 差し支えなければお教え願いたいのですが」
 日本が尋ねると、ギリシャは簡潔に「愛してる」と答えた。
 ギリシャは冗談を言うような性格ではないということは、育ての親でもあるトルコが一番よく知っているだろう。そんなギリシャからの告白を聞いて、トルコが何も感じないわけがないだろう。
 少なくとも、冗談や親子愛の類ではないということはわかっているだろうし、ギリシャの見方も多少は変わっているだろう。
 ならば、足りないのは決定打。いっそのこと襲ってしまえばとも思うのだが、そのようなことをしてトルコに嫌われては元も子もない。
「もう、半年にもなるのに……。いつも、曖昧な言葉で濁す」
 半年も前に告白を済ませてあったという事実に、日本は多少驚いたが、半年もの間アプローチを受けているのに未だ返事を返されていないという状況に舌打ちをしたくなる。
 聞けば聞くほど助言が難しくなっていく。
 トルコはギリシャのことを嫌っていない。むしろ好きなのだと日本は予想している。ただ、それを親子愛なのだと思いこんでいるだけなのだ。あと一歩、何か決定打があればトルコも気づくはずだ。
「あ、そうだ。
 相手の方の母国語で告白されてはどうです?」
 日本は一つの案が浮かんだ。
「母国語……?」
「ええ。あくまでも私個人の意見ですので、確実ではありませんが……」
 だが他には何も思いつかない。
「I LOVE YOU と囁かれるより、愛してる。と囁かれる方が胸に響きます」
 日本達は国同士で話すとき独特の言語で話す。ギリシャもトルコと話すときはその言語を使っているはずだ。だから、その言葉ではなくトルコ語を使えばいい。
「……オレも、ギリシャ語で言われたら、嬉しい」
 やってみると言ったギリシャは静かに立ち上がり、外へ出て行った。
 去っていくギリシャを日本は見送り、一人呟いた。
「お二人の恋が実るように、お参りにでも行きましょうか」




 トルコの家へ真っ直ぐやってきたギリシャは、合い鍵を使って勝手にトルコの家へ入った。
「あ? なんでぃ」
 ギリシャが不法侵入をするのはいつものことなのか、トルコは驚かない。
「Seni seviyorum」
(愛してる)
 叫ぶようにギリシャは言った。
「…………へ?」
 ギリシャが口にしたのは確かにトルコ語。毎日聞いている言葉なのだから、聞き間違えるはずがない。そして、その言葉の意味はここ半年毎日のように聞かされてきた言葉。
「Asigim sana……」
(お前に夢中だ……)
 さらに続けられる言葉にトルコは顔が赤くなるのをはっきりと感じた。
 毎日のように聞かされてきた言葉とは比べ物にもならない破壊力を持っている。
「Senden baskasini bakamam」
(お前以外の人は見えない)
 いつも寡黙だというのに、何故このような甘い言葉がつらつらと出てくるのかトルコは不思議に感じた。言ってしまえば、トルコは軽い現実逃避を始めている。
「Hayattan bir tek seni istiyorum」
(人生から、ただお前だけを望むよ)
 トルコは始めてギリシャの言葉に喜びを感じていることに気づいた。それは親子愛なのではなく、もっと別の、もっと甘いものであることにも気づいた。
 ただ、トルコにとってそれは気づいてはいけないことでもあった。
「sus!」
(黙れ!)
 気づいてはいけない。トルコは自分の気持ちを押し込め、ギリシャを怒鳴りつけた。
「Seni seviyorum……」
(愛してる……)
 怒鳴られてもなお、ギリシャは続ける。
「……Bunu soyleme」
(……それを言うな)
 トルコの言葉に先ほどのような強さはない。
 悲しげで、それ以上は言わないで欲しいという思いが込められていた。
「tiksinmek?」
(嫌い?)
 ギリシャは尋ねる。
「…………」
 トルコは答えられなかった。
 答えなどとうの昔に決まっている。だが、それを認めることはできない。
「Seni istiyorum」
(あなたが欲しい)
 優しくトルコを抱き締め、耳に囁きかける。
 いつの間にか大きくなったギリシャに抱き締められ、トルコの胸は異常なほど高鳴った。こんなのはおかしいと思いつつも、胸の高鳴りは落ち着かない。
 今までは顔を赤くすることなどしなかったトルコが、今は耳まで真っ赤にしているのがギリシャは嬉しかった。
「opmek」
(キスする)
 嬉しすぎて、いつもは自制している感情が抑え切れなくなってしまった。
 トルコの顔を隠す仮面をそっととり、軽く口づけをし、ゆっくりと深い口づけへと変えた。
「――――!」
 真っ赤だった顔をさらに赤くさせたトルコは、どうにかギリシャから逃れようとするのだが、焦っているトルコの力ではギリシャを押しかえすことはできない。
「…………Deliyim sana」
(お前に狂ってるよ)
 深い口づけから解放されたトルコはぼんやりとした頭で言った。
「……トルコ?」
 トルコがそんなことを言ってくれるとは思っていなかった。ギリシャは少しでも自分のことを一人の男として見てもらえればそれでよかったのだ。一歩進みたかっただけ。
 ギリシャの驚いた声色に、トルコも自分が何を言ったのか理解した。
「あ……」
 言ってしまった。気づいてしまった。認めてしまった。
 ずっと親子愛なのだと自分自身についてきた嘘を見破ってしまったのだ。もう後戻りはできない。
「――Opucugunu ver」
(キスをくれ)
 トルコからの要求に、ギリシャは蕩けそうな笑みを浮かべて答えた。
「Evet。Basimin tatli belasi」
(ああ。オレの甘い災い)


END










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後半、トルコ語ばっかりなので、できるだけ台詞を少なくしました(笑)
トルコ語はネットで検索したやつを使ったりしてるので、正しいのかはわかりません!(←おま)
でもトルコ語って甘い言葉がいっぱいらしいです。ニヨニヨしてしまいますね。