あいつが大切にしていた聖女をオレは殺した。だから、あいつはオレのことを殺したいほど恨んでる。
 昔から仲は悪いほうだった。だけど、あの出来事で決定的だったんだ。オレ達の間には大きな溝ができた。いくらオレがあいつのことを好きでいたって、もうどうにもできない。
 隣国同士で、会えば喧嘩。んで、たまには一緒に飲みに行ったりする。そんな関係で十分だった。
「なあ。自分、イギリスに言わへんの?」
 会議の休憩時間中、特にすることもなく散歩をしていたオレの耳に明るい声が聞こえてきた。
 立ち聞きなんて紳士の国がすることではないと思いつつも、話しの内容が気になってしまい、物陰からちらりと様子を見ると、そこには予想通りの奴がいた。
 オレの、好きなフランスと、その悪友のスペイン。
 スペインはフランスと仲が良いから、オレの知らないフランスを知っている。フランスがオレに言いたいことってのもスペインは知ってるんだろう。
 気になる。早く言えよ馬鹿。
 オレが話しの続きを待ってると、フランスはそれを感じとったかのように口を開いた。
「近づいて欲しくないくらい嫌いなんだ。頼むから死んでくれ。ってか?」
 その言葉は、あまりにも衝撃的だった。
 オレのいる場所からはフランスの顔が見える。フランスはニヤニヤしてた。オレはそれ以上の言葉を聞きたくなくて、その場を急いで離れた。
 立ち聞きなんてした罰なのだろうか。こんなことってアリかよ……!
 もしかしたら、あいつもオレと同じ気持ちなんじゃないかって一瞬でも期待した自分を殺してやりたい。
 死にたい。せめて醜く泣き喚きたい。でも、もうすぐ会議が始まる。落ち込んでいられない。もしもオレがあの話しを聞いてたことがフランスにばれたら、何を言われるかわかったものじゃない。
 これ以上何か言われたらもうダメだ。
 オレはどうにか部屋にまで戻り、会議が終わるのをひたすら待った。不幸なことに、オレの席の隣はフランスで、アメリカが来るまでの間フランスが心配そうにオレの具合を聞いてきやがった。
 死んで欲しいほど嫌いな奴の体調なんて心配すんなよ馬鹿。んなのだからオレが勘違いすんだよ!
 ドイツや他の国が何を喋ろうが、オレの頭には入ってこなかった。オレは泣き喚かないようにするので精一杯で、早く会議が終わってくれることを願うしかなかった。
 まあ、いつも通り会議は何一つ決定せずに終わり、オレはとっとと自国に帰ることにした。国に帰って、家で酒を飲んで泣こう。そうすりゃあ、元に戻るさ。
 元々あいつに恋をしたのが悪かったんだ。
 あいつは悔しいけど料理は上手いし、黙ってれば顔も悪くないから女にモテる。フランスがオレのことを好きになるはずがないんだ。わかってる。大丈夫。あいつに憎まれてることも知ってたから。
 オレは飛行機の中でも歯を食いしばり、泣かないように耐えた。あいつの一言でここまでダメになる自分が本当に嫌だ。
『イギリス? どうしたの?』
 家に帰ると、妖精達がオレを心配してくれた。オレの恋心を知る優しいオレの友達。
「…………失恋、したよ」
 オレだって素直になれる相手くらいいる。きっと、オレがこんな素直な姿を他の国のヤツラが見たら、明日は槍が降るだとかぬかしやがるんだろうな。
『そんな……。何かの間違いじゃないの?』
 妖精達は何かの間違いだと言ってオレを励まそうとしてくれるけど、間違いなんかじゃない。フランスは、オレのことを殺したくらい憎んでる。
 食料はあまり入っていない冷蔵庫からありったけの酒を出す。もうコップでちまちま飲んでられない。
『イギリス。身体に悪いわ』
 心配してくれてありがとう。でも、こうでもしないと吹っ切れなさそうなんだよ。
 妖精達の忠告を無視して酒をあおる。いきなり度数の高い酒を空きっ腹に入れたからか、酔いはすぐに回った。酔いが回った後、オレはひたすら泣き喚いた。
 嫌われることばかりしていた。だから、こんな結末で当然なのだ。でも、それでも、オレはフランスが好きだったんだ……。



 あの会議から一ヵ月後、再び会議があった。
 オレはまだ吹っ切れてなかった。仕事をして、酒と睡眠薬で眠る。そんな生活を続けていた。妖精達はそんなオレを心配してくれたけど、オレはやめることができなかった。
 弱っている姿を悟られたくなくて、いつも通りの格好でいつも通り一番に部屋についた。
「なあ、返事しろよ!」
 でも、やっぱり体に限界がきていたらしく、フランスに肩を強く掴まれるまでフランスが来ていたことに気づかなかった。ああ、何でこんなときに限って早くくるんだよ。馬鹿。
「離せ」
 お前を見てると、お前に話しかけられると、辛くてどうしようもなくなる。
 しばらく見詰め合う時間があったが、オレは耐えられなくて部屋を出て行った。
 会議が始まる直前に部屋に戻ろう。ドイツに怒られるかもしれないが、まあいい。そうだ。ギリシャと席を変わってもらおう。あまり仲が良いわけじゃないけど、ギリシャは断らない気がする。
 そんなことをぼんやりと考えてるうちに、気づけば会議は終わっていた。
 最近はこんなのが多い。気づくと一日が終わっている。仕事はきちっとできているから、特に困ったことはないから別にいいけど。
 会議が終わったと思えば、もう家についていた。
 堅苦しいスーツを脱ぐと、腕に傷が見えた。これも最近増えているものだ。気づくと腕から血が出てることがある。たぶん、自傷というやつなのだろうが、オレにはまったく記憶がない。簡単に死ぬ体ではないから別にいいか。
『イギリス……もう、やめて』
 オレの可愛い妖精達。ごめんな。オレもやめれるならやめたいんだ。でも、何も考えられないんだ。ごめん。こんな弱いオレでごめん。
 今日もオレは酒と薬で眠りを求める。ベットに寝転んで寝るだけだと、嫌な夢を見るんだ。
「ごめんな」
 本当にごめん。だからもう寝かせてくれないか?
 酒と薬をあおり、オレは眠りにつく。



 最近は、妖精達に起こされてようやく目を覚ますという毎日だった。妖精達が起こしてくれなければ、ずっと寝れいられるのだろうか?
『イギリス。お客さんよ』
『早く起きて』
『鍵は開けたわ』
 妖精達が言う。
 約束をしていた記憶はないが、ここ最近は記憶がよく飛ぶので、もしかしたら何か約束していたのかもしれない。オレは妖精達にお礼を言って鏡を見た。そこには酷い顔があった。せめて髪くらいは綺麗にしていくべきだろう。
「坊ちゃん?」
 まだ髪をとかしただけのオレの目の前に現れたのはフランスだった。
 リビングで待ってることはできなかったのかとか、何でお前がここにいるのだとか、言うべきことはたくさんあったけど、オレは何も言えなかった。
「――――な、んだよ。それっ!」
 口を開けたまま、呆然とオレを見ていたフランスが突然眉間にしわを寄せて近づいてきた。こういうのを日本では鬼の形相っていうんだっけか?
「これ、何なんだよ!」
 フランスはオレの腕を掴んで言った。
 始め、オレはフランスが何を言ってるのかわからなかったが、自分の腕を見て合点がいった。オレの腕には真新しい包帯が巻かれていて、白い包帯には薄っすら赤い血が滲んでいた。
 昨日、眠りにつく前にやってしまったらしい。
「よく覚えてない」
 とりあえず正直に答えておくと、フランスは覚えてないはずがないと怒鳴った。そんなことを言われても、覚えてないものはしかたないと思うんだが。
「…………お前、何のようなんだよ」
 オレはようやく用件を聞くことができた。
 最近はよく記憶が飛んでいるとはいえ、フランスと接触したときは記憶が飛んでいない。というか、刺激が強すぎて記憶を飛ばすことができない。
「最近、お前の様子がおかしいから」
 そう言うフランスは心底心配そうだった。
 ああ、お前は誰にでも優しいもんな。愛の国なんだよな。わかってる。でも、オレにはその優しさはいらない。
「別に、なんでもないっつってんだろ」
 オレが言っても、フランスは帰らない。じっとオレを見てる。
「なあ。別に弱みに付け込もうってわけじゃないんだ。本当に心配なんだ」
 知ってるさ。お前は卑怯なこともするけど、本気で相手を心配することのできる奴だよ。
『フランス。あのね……』
「言うなっ!」
 オレの大切な友達よ。どうかそれだけは言わないでくれ! これ以上オレを惨めにしないでくれ!
「イギリス?!」
 フランスが焦ったような声色でオレの顔を覗きこむ。どうやらさっきの勢いで涙が零れてきたらしい。情けない。もう嫌だ。
『イギリス。ゴメン。ゴメンね。泣かないで』
 妖精達が悲しそうに謝ってくる。
 違う。お前達が悪いんじゃない。オレが悪いんだ。
「オレ、黙ってるから。
 お前が泣いたことも、お前がどんな悩みを持ってるのかも。だからさ、もう抱え込まないで」
 涙が止まらず、その場にうずくまってしまったオレの前にフランスが片膝をついて言ってきた。その声があまりにも悲しそうだったから、フランスの顔を見てみた。
「……馬鹿」
 フランスは泣いていた。
 悲しそうに、辛そうに。フランスがオレの目の前で泣いていた。
「オレ、イギリスのことが好きだよ」
 泣きながらフランスは言った。オレは、思考が停止した。
「嫌かもしれないけどさ。オレ、イギリスのことがずっと好きだったんだ。
 だからさ、イギリスがこんな風になっていくの、見てられないよ……」
 夢だ。これは夢なんだ。
「……夢だ」
「イギリス?」
 だってそうだろ? フランスが、オレのこと好きなんて。
「フランスが、オレのこと……好きだなんて……」
 オレはさらに泣いた。夢なら覚めなければいい。フランスは何事かわからずに混乱しているけど、オレの方がもっと混乱してる。
『ね、言ったでしょ? 何かの間違いだって』
 妖精達がオレの耳もとで囁いた。
『イギリスは、ずっと、ずっとフランスのことが好きだったのよ!』
 フランスに妖精達が言うと、フランスは目を丸くして、次にオレを抱き締めた。
「本当? ねえ、嘘じゃない?」
「嘘、じゃねーよ……」
 そうさ。オレはずっとフランスのことが好きだった。でも、フランスは違ったんだ。
「……お前、オレのこと死んで欲しいほど嫌いなんじゃないのかよ?」
 ようやく手に入れたフランスの温もりを引き剥がし、オレは聞く。馬鹿だな。聞かなければ、偽りでも幸せが掴めたかもしれないのに。
「イギ……。聞いてたのか……?」
 フランスも身に覚えのあることなので、すぐにわかったのだろう。オレは小さく頷いた。きっとフランスは正直に死んで欲しいって言う。せっかく同情してやったのにって、言う。
「違うんだ!
 あれは……。いつまでもお前に本当のことを言えない自虐的な台詞だったんだ!」
 必死にフランスは言う。
 それが本当なのかオレにはわからない。でも、今はただ、眠い。
 体が限界みたいだ。あ、でも今寝たら……夢、が……覚め、る……。


NEXT