今までとは違うけれど、戦いとはかけ離れた普通の生活を取り戻すことができた。旅を始める前と違うことといえば、無駄に広い家に、住人が一人増えたことだろうか。
彼女の名前はマルレイン。かつては王女として、ルカと共に旅をしていた。もっとも、その時のマルレインは人形で、今ルカの隣にいるマルレインとは少し違う。ただ、根本的な部分は同じだ。
王女だったころのように、高らかに笑うのでなく、どこにでもいる少女の様にマルレインは笑う。
「キミとまた出会えて、よかった」
ルカは花を摘んでいるマルレインにそう言った。
「私もあなたと会えて良かった」
頬を赤く染めているマルレインは可愛い。
今までにも多くの女性を目にしてきたが、やはり彼女が一番可愛らしく思える。
「ボクはずっと影が薄かったから、人と話したりすることも少なかった。
旅を始めて、キミと出会って、ボクは変わったよ。昔よりもずっとたくさん話すようになったし、それが当たり前みたいに思える」
分類の力から世界が解放される前、ルカは他人から認識されにくかった。それを不幸だと思ったことはなかったし、悲しいことだとも思わなかった。生まれてからずっとそうだったのだから、諦めの域に入ったとしてもおかしくはないだろう。
それが、旅を始めてみると周りはいつも賑やかで、自分の意思を伝えなければならないことが多々あった。そうして始めて思ったのだ。誰かと一緒にいることは、とても楽しいことだ。
「だから、キミがいなくなったときは寂しかった。悲しかった。
失って、こんなにも辛いなんて、思わなかった」
微笑むルカに対して、マルレインの表情は暗い。
「ど、どうしたの……?」
先ほどまで嬉しそうにしていたのに、何か不味い言葉を使ってしまっただろうかと必死に頭を働かせる。
昔から女性の扱いは得意ではない。また笑ってもらうにはどうすればいいのか、見当もつかない。目線をあわせ、オロオロするばかりだ。
「……ルカは気づいてないのね」
零れるような呟きに首を傾げる。鈍いと言われたことは何度もあるが、今回は何に気づいていないというのだろうか。
「わからないままの方が私としては嬉しいんだけど。
でも、勝負はフェアじゃないと私が嫌だから」
摘んだ花を手の中で編みながら言葉を零していく。
一番の悲しみはマルレインが死ぬより前にあったけれど、すぐに彼女の死がやってきてしまったために勘違いしたのだという。花で作られた王冠をルカに乗せながら言っていた。当時者であるはずのルカはその言葉の意味を、いまいち理解することができずにいる。
どういう意味なのか、もっと詳しく説明して欲しいと言えないのは、生まれ持っての押しの弱さだろう。
「ルカは、一番最初、誰に会いたかった?
世界から弾かれたとき、何が一番悲しかった?」
「それは……」
答えはでない。困ったように眉を下げているのを見たマルレインは小さく微笑む。伸ばした人差し指でルカの鼻先を軽くタッチする。
「後は自分で考えなきゃ」
マルレインが立ち上がり、花びらが舞う。その光景は一枚の絵画のように美しい。
誰でも見惚れてしまうだろう。無論、ルカもその光景に目を奪われた。やはり、何も勘違いなどしていない。マルレインに会えたことがもっとも幸せなことで、誰よりもマルレインに会いたいと願っていたのだ。
思いを伝えるべく、口を開く。
「ふはははは! こんなところにいたのか子分よ!」
二人の間に黒い影が割り込んでくる。それは久しく見ていなかったものだ。金に輝く瞳は懐かしい。
開かれていた口は、自然と笑みへ変わる。目を細め、懐かしい影を見上げる。
「スタン!」
「主の名を覚えていたのは流石だな! それでこを余の子分だ」
影が厚みを得る。
ルカの頭をくしゃりと撫でたのは、世界図書館から脱出して最後に見たスタンの姿だ。影のときとは違い、どこが威厳のあるその姿はやはり見慣れない。しかし、影のときとは違い、こうして直接触れることができる。
「世界征服に行ったんじゃなかったの?」
「うむ。そのつもりだ。だから子分、貴様にもその役目を担わせてやろうと思ってな」
傲慢な言葉さえも懐かしい。
ふとスタンの後ろにいるマルレインと目があった。
少し寂しそうな目を見て、ルカはスタンの方を向く。
「……マルレイン。ボク、気づいちゃったかもしれない」
「そう」
申し訳なさげに言うルカに対し、マルレインは笑っていた。彼の謝罪を聞き、スタンが振り返る。
「なんだ。あの小生意気な王女ではないか」
「スタン。彼女はマルレインだよ。もう、王女様じゃないんだ」
人形であったときの彼女を知っているスタンは、目の前にいる本物のマルレインを興味深げに眺めている。
その直後、昔のように口喧嘩を始めた二人を見て、ルカはやはりスタンがいると世界が変わると思った。
マルレインと出会い、変わっていったのではない。一番初めのきっかけは、スタンだった。魔王の子分となり、旅をして人と出会い感情を見てきた。自分という存在が消え、スタンが遠くの存在になってしまったとき、どれほど悲しかっただろうか。
会いたい人を思い浮かべろと言われ、思い浮かべたのは強気な彼女だっただろうか。それとも、闇に紛れると消えてしまうような魔王だっただろうか。
「二人とも、喧嘩はやめてよ……」
喧嘩する二人の間に入る。
彼女と彼の顔を見て、幸せだと思った。
END