朝起きると、隣にいるはずの者がいなかった。
ベッドに触れてみるが、自分の温もり以外感じない。どうやら、彼がベッドから抜けて時間が経っているようだ。リフティは頭を掻きながらベッドから出る。
冷蔵庫の中身が空だということは知っているので、今はいぬ兄がどこからか食料を調達してくるのを待つことにした。頭脳派であるシフティは足も速くもなく、簡単に殺されてしまうので少し心配になる。彼の身ではなく、朝食が。
「ちょっと様子見に行くか」
手早く着替え、兄の行きそうなところを予想する。あまり遠いところには行かないだろうからと考え、足を進めていく。寝起きで空っぽの腹を抱えながら兄の姿を捜す。
「あ……」
見つけたのは兄の服と、いけ好かない青い髪を持った男だ。知らぬうちに舌打ちをしてしまう。声は聞こえないが、雰囲気から察するに口論をしているようだ。スプレンディドはシフティの腕を握っている。下手に抵抗すれば腕を引きちぎられかねないので、動けずにいるのだろう。
早足で二人に近づいていく。
近づくにつれ、二人の言い争いが聞こえてきた。
「まだ何もしてねーだろ」
「してからじゃ遅いでしょ」
いつもと同じ会話だ。スプレンディドはいつも二人の仕事を邪魔してくる。そして二人を引き裂いていく。
リフティは彼が嫌いだった。憎いと言っても間違いではないほどに。
「兄貴」
「あ、リフティ!」
助けを求めるような声を出すくせに、シフティはそれに見合う瞳をしない。リフティは知っていた。言い争いをしつつも、面倒くさげに愚痴を言っていても、シフティはスプレンディドのことを気に入っているのだ。
本人が否定しても、鏡あわせのリフティにはわかっている。それがひどく腹立たしい。声を荒げて、子供がわがままを通そうとするようにしたいとまで思う。
「何やってんだよ」
答えなどわかりきっているが、念のために尋ねてみる。
「朝飯調達しようと思ったら」
「ボクがその現場を見つけたってわけ」
ヒーロー気取りのスプレンディドは仕事を成し遂げたような清々しい笑顔を見せてくる。
「オレを置いて行くからだ」
兄へ文句を投げると、お前が寝ていたからだと返される。
待っている間に死んでしまい、朝食を待っている間に餓死してしまったらどうしてくれるのだろう。この町に生きる限り、それがないとは言えないのだ。
「悪いって」
眉を下げる兄を見て心の中で舌打ちをする。今ならばスプレンディドの隙をついて逃げられるはずなのに、彼はそれをしようとしない。傍にいたいのだろうか。こんな感情は始めてだった。鏡あわせの片割れの考えがわからない。
純粋だった二人に異物が紛れ込む感覚。それは不快感だ。
「帰るぞ」
スプレンディドを押しのけ、シフティの腕を掴んで歩き出す。後ろの方でスプレンディドが何かを言っていたが、追ってこないところをみると大したことではなかったのだろう。
「痛いって」
それよりも、リフティは腕を掴まれて痛みを訴えている兄のことで頭がいっぱいだった。何から聞けばいいのか、それを聞いてしまってもいいのか。相手のことがわからなくなると、自分のことまでわからなくなってしまった。
一つの体に複数の心があるようで、体の中心から真っ二つになってしまいそうだ。
「リフティ?」
心配そうな目を向けられ、どうにも居心地が悪い。
「……兄貴はあの似非ヒーローが好きなのか」
この苦しみから逃れるために、己の内にある疑問をそのまま口にした。
ぽかんとした顔をされ、すぐに面倒くさげな表情をされる。
「馬鹿じゃね」
「なんで」
掴んでいた腕が振りほどかれる。
「あんなの好きでもなんでもねぇよ」
「だけど、あいつと話してるときは少し楽しそうだ」
一緒に盗みをしているときのような笑みではなく、ごく普通の家庭に住む子供のように笑うのだ。
自分の知らないシフティが嫌いだった。双子は同じでなければいけないのだから。
「もし母親ってのがいたらあんなんだったのかなって」
「欲しいのか」
「まさか」
笑う。それはよく知ったシフティの笑い方だ。人を小馬鹿にしたときの、少し腹の立つ笑い方。
「オレらは二人だけで十分さ」
口うるさい母親というものを想像してみたことはあるが、家族として欲しいと願ったことは一度もなかった。リフティの家族はシフティだけのように、シフティにとっても家族はリフティだけだった。
第一、と言ってシフティは言う。
「欲しいなら盗むさ」
オレ達はドロボウなんだから。
自然につけられた『達』という言葉に喜びを感じた。不快感はとうの昔に消えている。
「……そっか」
「そうだよ」
「じゃあ朝飯でも調達するか」
同じ顔をして笑う。
END