フランスは料理が好きだということはイギリスもよく知っている。イギリスも料理は好きなのだが、フランスを含め、多くの国からはアレは料理ではないと言われてしまう。
そんなイギリスを気づかってか、もしくはイギリスが料理を作りたいと言い出すと困るからか、フランスはイギリスとはあまり料理の話をしない。
「やっぱ、隠し味に林檎を入れるといいよな」
「あえてレモンっていう手もあるがねぇ」
イギリスの目の前には、二人の男がいる。
一人はいわゆる恋人という関係の男、フランス。もう一人はいつも仮面をつけている奇妙な男、トルコである。
トルコとは、アメリカがEU加盟を支援するというので、最近は仲良くしているつもりである。なので、こうして三人が同じ空間にいることはそうおかしいことではない。
「……それは、砂糖入れすぎだろ?」
「うるせぃ。オレんとこはこんくれぇ入れんだよ」
ただ一つ、イギリスの不満をかき立てるものがあるとすれば、目の前の二人が楽しそうに料理の話をしているということだ。
イギリスが珍しく自分からフランスの家にやってきたときからこの調子なのだ。自称紳士のイギリスは当然くる前に連絡を入れた。その時、フランスは確かにきてもいいと言っていた。だというのに、目の前にはトルコがいて、二人はイギリスが立ち入ることのできない会話をしている。
恋人が家にきているというのに、この扱いは一体何なのだろうかとイギリスは思う。
黙ってフランスとトルコを見ていると、二人の方がよっぽどお似合いに見えてくる。どちらも体格のいい男だが、どちらも醜いと形容されるような顔立ちではない。その上、二人には料理という共通点がある。
比べてイギリスはどうだろう。
会えばいつも喧嘩。良くも悪くも素直なフランスと違い、自分の感情を出すことが苦手なイギリス。本当は自分なんかよりも、他にいい人がいるのではないかとイギリスは悶々と考え始める。
「ばかぁ…………」
小さく呟いてみても、フランスの耳には届かない。
久々の休日がこうして過ぎていくと思うと、イギリスは悲しかった。巷に溢れるなカップル達のような甘い休日を過ごしたかったわけではないが、せめて二人でのんびりする休日を望むのはそれほど罪なことなのだろうか。
イギリスの気分はもう浮上できないほど沈んでしまった。それほど気分が沈んでも、フランスから目が離せないのは、やはり好きだからなのだろうか。
楽しそうにトルコと話すフランスを見ていると、一瞬トルコと目が合ったように感じた。トルコの目は仮面の奥にあるため、実際に目が合ったのかはわからない。ただ、イギリスを見て、トルコが笑ったのだ。
「え……?」
トルコの笑みの理由がわからない。
落ち込んでいるイギリスがおかしかったのか、それともフランスを独占できているという優越感なのか。イギリスにはわからない。考えたくもないことだ。
思わずフランスの名前を呼びそうになったが、そんなことをしても惨めになるだけだと思い、再びソファに沈み込んだ。
イギリスはフランスに言っていない言葉がたくさんある。『大好き』だとか『愛してる』だとかいう言葉の類だ。言いたいと思ってはいるが、それを口に出すことは中々できない。
もしかすると、フランスはそんな自分に嫌気がさし、おおらかで感情表現の上手なトルコに乗り換えたのかもしれない。考えれば考えるほどイギリスはジレンマに落ちいってゆく。
「なぁフランス」
何も考えたくないと思うイギリスの耳に、トルコの声が届いた。その声はいつものあっけらかんとした声色ではなく、どこか甘さを含んだもの。
「愛してるぜ」
「はいはい。オレも愛してるよー」
イギリスは雷に打たれたかのような衝撃に襲われた。イギリスが言えないままでいる言葉を、トルコはあっさりと言ってしまった。しかも、フランスはそれに返事をした。
「………………」
イギリスは静かに立ち上がり、玄関へ向かって歩き出した。フランスの家に行くと言ったとき、何故断られなかったのだろうかという疑問に、今答えがでた。
「はっきり言えばいいじゃねーか」
視界が潤み、涙が零れそうになるのをイギリスは必死に抑えた。
「……もうオレとは付き合えきれねぇってわけかよ」
遠まわしな別れの言葉だったのだ。あそこまでされないと気づかなかった自分に腹がたった。告白された日に、永遠に愛してるといわれ、死んでしまうのではないかと思うほど喜んだことが悔しかった。
玄関の前まで行き、後はドアノブを回して外へ出るだけとなったが、イギリスは外へ出れなかった。外へ出てしまえば全てが終わる。全てを終わらせるほど、イギリスは心の整理ができていなかった。
あと少しだけ。イギリスはその場に座り込み、涙を堪えた。
イギリスが必死に涙を堪えているころ、フランスがようやくイギリスの姿が消えていることに気づいた。
「あれ? イギリスは?」
「……おめぇさんは、鈍いのか聡いのかわかんねぇなぁ」
フランスの言葉にトルコは呆れた声をだす。
「え、トルコ知ってたの?!」
「まぁ……な」
イギリスが立ち去って行った原因が自分にあることを自覚していたトルコは言い澱む。嫉妬するなり、怒鳴りつけるなりするだろうと思っていたイギリスがあのような反応を見せたことにトルコは驚きと罪悪感を感じている。
「あー。とっとと姫さん迎えにいきな」
贖罪の意味を兼ねて、フランスの背中を軽く押してやる。
「おう」
女に黄色い声を上げさせる笑顔を見せ、フランスは玄関の方へ走って行く。
「イギ、リス?」
玄関にうずくまっているイギリスを発見したフランスは、恐る恐る声をかけた。肩が震えているわけではなかったが、間違いなくイギリスは泣いている。
「…………なんだよ」
必死に平常を保とうとしているのがわかったが、その声はやはり震えていた。
「なんで急にどっか行っちゃたの?」
「…………」
「オレ、なんかした?」
「…………」
「イギリス、怒ってる?」
「…………べつに」
顔を下げたまま何も話さないイギリスにフランスは懇願するかのように話しかける。泣いているにしろ、怒っているにしろ、その理由が知りたい。
「…………もう、帰るから、安心しろ」
フランスに背を向けたままイギリスは立ち上がり、玄関のドアノブに手をかける。
「帰らないで!」
慌ててイギリスの手を取り、イギリスをフランスの方に向かせた。
「やっぱり泣いてた」
フランスを顔をあわせたイギリスの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。フランスはイギリスの涙を拭い、目を見て再び尋ねた。
「オレ、何かした? イギリスを泣かせるようなこと」
心の底から困ったような表情を浮かべたフランスにイギリスは口を開いた。
「オレ、なんて……面倒だろ」
言葉を紡ぐと、再び涙が零れ落ちる。
「素直じゃないし、愛してるなんて言えねーし。
恋人なんて、オレじゃなくたってよりどりみどりだろ」
フランスの家にきたときから悶々としていたことが、始めの一言がきっかけで次々と溢れだす。これ以上醜態を晒したくないと思っているというのに、言葉は止まらない。
「トルコみたいに、料理ができて、感情表現豊かで、素直な奴の方がいいだろっ!」
怒鳴りつけるかのように言った後、イギリスは自分がとんでもないことを言ったと気づいた。これではまるで、嫉妬しているようではないか。
「嫉妬。してくれたんだ」
見れば、フランスは溶けてしまいそうな笑顔をしてイギリスを見ていた。
「おー。おー。見せつけてくれるねぃ」
心をかき乱した原因が現れ、イギリスは後ずさりしようとしたが、フランスに抱き締められ、それは叶わなかった。
「ほい。王子様から姫さんへプレゼントだぜぃ」
フランスに抱き締められ、喜べばいいのか、突き放せばいいのかわからず、混乱しているイギリスにトルコは美味しそうなケーキを見せた。
「そうそう。イギリスにプレゼント」
イギリスを放し、フランスはトルコの手からケーキを受け取った。
甘い匂いを漂わせているケーキの中央には、愛してると書かれたチョコレートプレートがあった。
「本当は明日渡すつもりだったんだ」
照れくさそうにいうフランスの言葉に、イギリスは心当たりがあった。明日は、二人が付き会い始めて丁度百年目なのだ。人間からしてみれば長い時間だが、国として生を受けた彼らにとって、百年は長い時間ではない。
それでも、やはり記念日は祝いたいもの。なので、フランスはトルコを家に招き、ケーキ作りにいそしんでいたのだ。イギリスが家にくると言ったとき、フランスはとても迷ったのだが、今日が休みなのであれば、明日のイギリスは忙しすぎて会うこともできないかもしれない。だからイギリスが家に来ることを了承したのだ。
イギリスが家についてからは、一緒にお喋りをしたくてたまらなかったが、イギリスのために少しでも美味しいケーキを作りたかったため、我慢していた。
「んじゃ、邪魔者は退散するとすっか」
二人の世界を邪魔しないようにと、立ち去ろうとしたトルコの腕をイギリスが掴んだ。
「――――え?」
途端に、悪寒が走った。
「お前、何であのとき笑った?」
そこにいたのは先ほどまで可愛らしく嫉妬していたイギリスではなく、かの大英帝国の顔をしていた。
「なんであの時あんなことを言ったんだ?」
にじり寄ってくるイギリスを突き飛ばし、トルコはドアを開けた。
「後は任せたでぃ!」
フランスにあとは任せ、トルコは風のように去って行った。
「……えっと、どういうこと?」
「あいつ、今度あったら覚えてろ……」
結局、トルコに遊ばれていただけだと気づいたイギリスは、次に会った時にトルコをボコる計画を立てるという結論に落ち着いた。
END