02:食べたい
(いろんな意味でね)
廊下を歩いていると、シェフが歩いてくるのが見えた。いつも通り、誰かが悪口を言っていないかと心配しているのだろう。みんな、彼の行動パターンはわかっているので、滅多なことでは悪口を言わない。
いや、他人の悪口を心の内に隠すくらいならば、相手にハッキリというタイプの人間が多いこのホテルだ。シェフの行動は少し的外れなのかもしれない。
「やあ、シェフ」
軽く笑いかけながら手を上げる。彼はそれを返すことはしない。
ただ黙って近づいてくる。
表情が見えたとき、その眉間にしわが寄っていることに気づいた。
「ノースモーキング」
地を這うような声に、先ほどまでタバコを吸っていたことを思い出す。
しまったと思い、逃げようとするがもはや逃げることができない距離にまでいた。
大包丁が隣に見えたとき、喰われてしまうかもしれないと覚悟した。
タバコくさいので、食材にされることはなさそうですけどね。