新しい客が来ないものかと、パブリックフォンはロビーでくつろいでいた。
それなりに楽しい毎日ではあるが、ここ最近はどうにも刺激に飢えていた。誰と遊んでも、ナニをしても楽しくない。快楽主義もこうなると辛いだけだと溜息をつく。
「やあパブリックフォン」
ロビーに現れたのは審判小僧だった。壁にかかっている時計を見て、今は訓練の時間ではないのかと笑う。もちろん、彼が親分の手から何とか逃れ、ここにやってきたことはわかっている。
「意地悪だなぁ。ボクがサボったってこと知ってるくせに」
このホテルに住む住人ならば、審判小僧がいかにサボり癖のある人間か知っている。
パブリックフォンは審判小僧のそんなところを好意的に思っていた。楽しみのために何かを捨てることができるというのが自分と似ていると思ったのだろう。
もっとも、その性格と主義から審判小僧の保護者であるゴールドに二人が顔を合わせることは阻まれることが多い。だが、パブリックフォンはわかってないといつも思う。やるなと言われれば、やりたくなるのが子供の性だ。現に、審判小僧はゴールドの目を盗んでパブリックフォンと会うことが多い。
手を出せば恐ろしいことになるとわかっているので、パブリックフォンも自重していた。
「……ま、変な気も起きねーけど」
「どうかしたのかい?」
「いや、何でもない」
肩をすくめる。
審判小僧の中でも名無しは特に純粋だ。あまりにも人を疑わず、汚れていない彼に触れるのは居心地が悪い。楽しそうだと思わないでもないが、後のことが面倒そうだ。
「そうだ。せっかくだし、キミをジャッジしてあげよう!」
「えー。ヤダ」
何をジャッジされるのかわからないが、彼らの審判は大抵ろくな結果を出さない。
「まあまあ。そう言わずに」
拒否をしても無駄だった。純粋で害がなさそうに見える彼も、こうして見ると立派なこのホテルの住人だ。人の迷惑を顧みないのは誰でも一緒なので、いまさら責めることもしない。
ダラーとハートを浮かべ、審判小僧は真剣な目をする。楽しげに歪んでいる口元がアンバランスで、パブリックフォンの触手が伸びそうになる。
「キミは」
冷たい目と視線があい、伸ばそうとした手を下げる。やはり彼に触れるのは居心地が悪そうだ。
「キミは楽しいことが好きな快楽主義者。
いつものように楽しく遊んでいると、遊び相手から愛の告白を受けました。
さあ、キミならどうする?」
ぐいっと顔が近付く。
至近距離にある唇に軽く自分のそれを合わせてみる。審判小僧はパブリックフォンのちょっとした悪戯に心を激しく動揺させた。驚いたように目を見開き、素早く後ろに飛び退く。始めてだったのだろうかと考え、パブリックフォンはケラケラと笑う。
真面目にジャッジを受けようとしない彼に、審判小僧は拗ねたような表情を見せる。あんなことをされたすぐ後だというのに、子供のような態度を見せる審判小僧が少しだけ可愛いと思ってしまった。
「で、ジャッジの結果は?」
不満げな顔がパブリックフォンに向けられている。
審判小僧の次の言葉、または動作を待っていると、片手があげられる。
「はい、カックーン」
落ちたのはハートだった。
「キミは本当の愛なんてものがわからないので、相手にも適当に返しました。
適当な言葉を返された相手は怒りに身を任せ、キミを痛い思いをたくさんさえました。
これが真実。はい、おしまい」
粉々に砕けたピンクの欠片を黒子達が掃除していく。欠片達がたてる音以外にそこには何も存在していない。
「……ま、いいんじゃね」
「キミはもっと愛を知るべきだと思うよ」
ならば、お前は知っているのかと問いかけようと口を開く。
開いた口は何も紡がない。審判小僧は優しい顔つきをしていた。本物の愛とやらを知らないパブリックフォンでも、彼がそれを知っているのだとわかった。自分に足りないものがある。どんな手を使ってでも欲しいとまでは思わないものだ。そんなものがなくとも、パブリックフォンはこの世界で楽しく生きていくことができる。
「お前が教えてくれよ」
「駄目だよ」
居心地の悪さを忘れ、審判小僧の肩を掴む。そしてゆるやかに拒否された。
「ボクはキミを愛してないからね。
キミを愛してくれる人に教えてもらいなよ」
パブリックフォンの手から審判小僧はするりと抜けて走って行く。いまさら訓練を受けに行くのか、また別の住人を捕まえてジャッジするのかまでは興味がない。ただ、走って行く背中を見ていると、砕けたハートを思い出した。
審判小僧が言っていた本当の愛がわかれば、あのハートは自分のものになっていたのだろうか。
「オレを愛してる奴ねぇ……」
心当たりはない。
遊び相手ならば両の手でも足りないほど存在しているが、あの行為や言葉が愛を含んでいるかはわからない。
「暇つぶしにはなるか」
背伸びをし、パブリックフォンはロビーを出る。今の時間ならば、あいつも部屋にいるだろうと算段をつけ、お目当ての相手に会うべく足を進める。
本当の愛とやらを探してみようと思った。
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